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短いお話
青春の惨殺死体



柚希くん、このお花は何という名前か覚えてますか?
先生は、そう言って俺に笑い掛けてくれた。










青春の惨殺死体









先生は小さな学校を開いていた。
年齢性別問わず、知識を求める者のみを集い構成されている学校。
でもこの知識はあまり外に出してはいけないものらしい。
当時俺はまだ鼻水を垂らしているような餓鬼だったから分からなかったけど、今は分かる。


学校の教室といっても先生の家が和風だったから和室に長机。
江戸時代の寺子屋をそのまま時間を超えて先生の屋敷の部屋に当て嵌めた感じだった。
俺は孤児だから孤児院にいるところを先生に貰われてきた。
まあここに通っていた奴らはどうやら日の当たる場所では生きていけない者ばかりだったらしいが。


先生は女性だった。
髪が真っ黒で、でも艶のある所謂艶やかな髪に椿色のリボンを後頭部で結んでいた。
まるで大学の卒業式にでも着るような袴を着て、上は多分あれ着物か?
女の服なんてよく分からないからそういう表現しかできない。
でも紺色の袴で上はピンク色の桜が舞っている着物だった。
たまに青色の着物も着ていたけど、赤やピンク系統のものが多かったことを覚えている。

「さあ。柚希くん、このお花は何という名前か覚えてますか?」

先生の白い手に咲いてあるのは大きな赤い花。
先生の髪を結ぶリボンと同じ色。
そのときはまるで先生の白い手の中で咲いた花のように思えた。
先生なら、手の中で花を咲かすくらいできそうな人のように思えた。

「覚えてねえよ」

本当は覚えてた癖に。
でも先生のリボンと同じ色の花を覚えているなんて何だか恥ずかしい気がして俺はわざと知らない振りをした。
本当に餓鬼臭い羞恥心だ。
いちいち人の付けてるリボンと同じ色の花の名前を憶えているからと言って気付くような奇跡的な勘を持つ奴なんているわけないのに。

「あらあら。それは困りましたね。三日前にも教えたばかりなのに」

鈴の鳴るような、なんて有り触れた表現かもしれないが先生は本当に鈴のように笑う人だった。
着物の袖で口元を隠して鈴を転がす声を響かせて笑う上品な人だった。

「折角向かいのおじいさんから羊羹を頂いたというのに…。記憶力の悪い子にあげるお菓子はありませんね。思い出すまで我慢なさい」
「あっ! 思い出した思い出した! 椿だろ! つ・ば・き」
「まあまあ。なんて都合のいい脳味噌だこと」

それは嫌味なのだろうけど、先生が言うと全然そんな風には聞こえなかった。
寧ろ、からかわれてる気がして俺まで笑いたくなるような気持ちになった。
これはきっと先生なのだからだと思う。

「おやつの前に一つ薀蓄を蓄えましょうか。柚希くん。椿は散るときどうやって散るのだと思いますか?」
「そんなの簡単じゃん。桜みたいに散っていくんだろ」
「お花にはそれ以外の散り方もあるのですよ」

何にも知らない俺は声を上げて驚いた。
だってそのとき先生が椿のことを問題にしてくれなければきっと俺は一生知らずに過ごす羽目になったのだから。
花なんて皆同じ散り方をするのだと思っていた。

「首がね、落ちるんです。ぼとって。お花ごと落ちるんです」
「花ごと? 花弁一枚ずつじゃなくて?」
「ええ。とても綺麗なお花だけれど不吉だからお見舞いのときには贈ってはいけないのですよ」
「先生! 俺、椿が散るところ見たい!」
「そうですねえ…椿は冬から春にかけて咲くそうですから、その間もしくは過ぎた辺りだと見れるでしょうが…」

先生は頬に手を当てて困ったように俺を見つめた。
そのときの俺には先生がどうして困った顔をするのか分からなかった。
分からなくて当然だ。俺には知る機会がなかったのだから。

「…椿の散り際なんて見ても面白くありませんよ。それに、椿が散った頃にまた新たなお花が咲くのです。明日はそのお話を聞かせてあげましょう。さあ、そろそろおやつにしましょうか」

先生、せんせい。
どうして俺に何も教えてくれなかったのですか。
政治関係者に目を付けられていた、なんて。知っていたのでしょう。
先生、知らなかったわけじゃあないですよね。
自分の未来を予想して俺に椿の話をしたのですか。
先生の方から椿の話を振っておいて可笑しいとは思ったのです。
せんせい、せんせい、おれ、どうすればいいですか。
せんせい、せんせい。
からだ、どこいっちゃったんですか?
せんせい、せんせい、きれいなきもの、どうしたんですか?
だれが、せんせいのからだをもっていったんですか?










俺、取ってきますから。
だから、教えて下さい。先生。
じゃないと俺、どうすればいいか分からないよ。













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あきゅろす。
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