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短いお話
泣き顔なんて見たくない!



視界が、腕が、塞がれて不自由なことこの上無い。
あまりの資料の重さに脚が頼りなくなる。
視界を塞ぐほどの膨大な資料に腕は感覚を失い始めていた。

――あと二階…

矢島小夜は唇を噛んで、階段の段に脚を置いた。
廊下の窓から吹く風に一番上に積んであったプリントを攫われ、それに気を取られて小夜が小さく声を漏らすと同時に痺れた腕が限界を超えた。
虚しい音を立てて資料が腕から零れる。
風に攫われたプリントは階段の踊り場で降ろされた。

それを見た小夜は制服の袖で目元を擦ると、足元の資料を拾い始めた。
どちらにしても、この資料を四階の社会科準備室まで運ばなくては帰れないのだ。
一段も折っていない、長いスカートが汚れるのを気にしながら膝を着く。

下を向くとまた目頭が熱くなり、慌てて上を向く。
瞼に制服の裾を押し当てて、落ち着かせると再び首を下げて資料へ目を向けるが、先程よりも少なくなっていることに気付き、同時に自分の目の前に人がしゃがみ込んで資料を集めているのが視界に入った。

突然の展開に驚き、目を丸くしてよく見ればクラスメイトの男子生徒であった。
小夜がじっと見ていることに気付いたのか、資料を集める手を止めて櫻井数馬はこちらへ視線を返す。

「……ごめん、迷惑だった?」
「え、あ、そ、そんなこと…っ!」
「お前さあ、これ全部押しつけられた奴だろ?」

数馬は再び資料を集める手を動かす。
その言葉に小夜は否定どころか、言葉の意味を咀嚼することが遅れて、一瞬頭が真っ白になった。
そんな小夜に気付かないのか、数馬は更に言葉を続ける。

「断わりゃいいのによ。何で黙って引き受けてるんだか」

呆れの混じった声と共に、先程の光景が甦る。
名前も知らないクラスメイトが自分にお願いする光景を。

『矢島さん、ごめんだけどお願いしてもいい?』
『わりぃけど、これ頼むわ矢島!』
『この資料だけ運んでくれる? お願い、友達が待ってるの!』

言葉だけ聞くと"頼んでいる"ように見えるが、実際は面倒事を押しつけているも同然だ。
そんなこと小夜自身だって理解している。
ただ、面と向かって事実を言われるとどう返事をすればいいのか分からない。

気付けば、ポロポロと涙が零れていた。
先程から我慢していたものが溢れるように、止まらない。
滲んだ視界から数馬は消えていた。

――呆れられちゃった、かも……

断りたくても、断れない。
内向的で人見知りも激しく、人に話しかけられるとどうすればいいのか分からない。
そんな自分に友達と呼べる存在は無に等しかった。

改めてそう考えると余計に涙が止まらず、ハンカチを出すのも忘れて制服の裾で擦っていると、上擦った声が廊下に響いた。

「矢島、このプリントで……っえ!? 何で泣いてんだよ!?」

とっくに帰ったかと思っていた数馬の存在に小夜は驚きつつも、涙を拭う。

――櫻井君、帰ってたんじゃ…

「何で、泣いてんだよ…。あ、もしかして俺のさっきの? 俺の言ったこととか気にしてんのか?」

焦ったように小夜に近付き、涙で汚れることも構わずブレザーの裾を小夜の目元に当てる。
ブレザーはすぐに涙を吸ってくれた。
予想外の数馬の行動に、小夜は赤く腫れた瞳を丸くさせた。

「ごめん…俺、そういうつもりで言ったんじゃなかったんだ。お前のこと泣かそうとして言ったわけじゃ…」
小夜の涙を拭い終わると、数馬は悲しそうな表情でもう一度「ごめん」と謝った。
それに対して小夜は慌てて首を横に振る。

「ち、違うの……私が悪いの。いきなり泣いて、ごめん、こっちこそ…」
「いや俺こそちょっと失礼だったと思う、さっきの言葉は。本当にごめん」

まさか謝ってくるとは思わず、小夜が一人あわあわしていると、数馬は半分ほどの資料を手に立ち上がった。

「女子一人じゃきついだろ、この量。俺も持つから、矢島はそっちの持ってくれよ」
「そ、そんなの悪いから…!」
「何言ってんだよ。また資料ばら撒くぞ?」

それを言われては小夜も強く言えない。
それに正直、あの量はきつかったので数馬に手伝ってもらうとかなり助かるというのも本音だ。
慌てるように資料を持つ小夜に数馬は照れ臭そうに口を開いた。

「…次からは俺呼べよ。俺も、一緒に手伝わせてくれよ」

その、温かい言葉に小夜は一瞬理解できずきょとんとし――、理解するに連れて泣きそうな、嬉しそうな表情で小さく頷いてみせた。













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あきゅろす。
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