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短いお話
殴り愛



空は何処までも晴れ渡っていて、雲一つ見当たらない快晴。
今は芳純なワインの材料源である葡萄の盛んな季節だ。
実りの秋とはこのことか。

夕焼けに染まる空を一匹の鳥が羽根を忙しく動かしている。
そんな空の下で、高校三年生である加賀純平は困惑していた。
目の前の――黒塗りの鉄パイプを持つ一人の――まだ中学生であろう――少女に対して。

その少女は上から下まで奇妙だった。
鉄パイプは少女の身長を越している代わりに純平と同じくらいなので170cmくらいであろう。
そんな鉄パイプを始めとし、男性用の漆黒の浴衣を身に纏っていた。
何の模様もない、闇に染められた浴衣。

そしてその浴衣の着方も可笑しい。
少しだけ胸元を緩めて、何故かリボン結びで、しかも前方の腰部分で結ばれた細い帯。
浴衣は大きめなのか、少女の手は浴衣によってすっぽりと隠れており、浴衣の布越しに鉄パイプを抱き締めている。

何の装飾も無い、肩程に伸ばされた髪も黒くて、瞳も黒い。唯一、肌だけが病的に白い。
肌以外の何もかもが黒で染め上げられて、それでいて何処か遠くを見つめている瞳。
最初にこの少女を見たとき、精神異常者と思い教師を呼ぼうとしたくらいだ。

しかしその前に少女に呼び止められてしまったのだが。
呼び止めた少女は、何の迷いもなく口を開いた。

「峰村和音、いる?」

峰村和音。その人物は純平も知っている有名過ぎる人物である。
何故なら純平の通う高校の生徒会長だからだ。
正に普通の学生。
髪を特に染めているわけでもなく、ピアスを開けているわけでもなく。
至って普通の高校生だ。
ただ、生徒会長として挨拶等をする際は矢張り威厳を感じるくらいで、少なくともこの奇妙な少女と知り合いには思えない。

それでも相手は頑として帰らないつもりだ。
第一にもう下校している可能性だってある。
今は既に夕方の六時半なのだ。
部活動をしている生徒はまだ残っているが、たしか我が生徒会長は部活に入っていただろうか。

否、三年生なのだからこの季節に呑気に部活をしてる筈がない。
そもそもこの季節に生徒会長という役員に就いていることも可笑しい。
彼は就職するつもりなのか。
しかし彼は羨ましいことに学年でトップの成績を持つ。
進学すると思っていたが、家計が苦しいのだろうか。

そんなことに考えを巡らせていると、突然腕を掴まれた。
強く、相手を苦しませる為に力を入れて。
電流のように流れる痛みに表情を歪ませて少女に目を向けると、彼女は何もしていなかった。

「……ぇ…」

相変わらず、何処か遠くを見つめている瞳に純平を映し出している。

――この子は何もしていない…?
――じゃあ、誰が…

腕を掴む者の顔を見ようとそちらへ向けて、そして顔面を思いっきり殴られた。

「ぁぎっ!」

あまりに突然のことにまともな防御も出来ず、フラつくが直ぐに掴まれている腕で引き留められる。
鼻血は出ていないようだが、口内が鉄の味で満される。

眉を顰めて今度こそ顔を向ければ、そこには髪を金や茶に染めた、所謂チャラ男系が立っていた。
見覚えのない人間に純平は殴られた頬の痛みを忘れてその不良を凝視する。

「え…な、えな、あ、な、んで…?」
「はあ? おっまえ、おっぼえてねえのかよお!」
「まじむかつく」
「よし殺そうぜ」

好き勝手に喚く不良達に、やはり見覚えが無いのか純平は首を捻るが。
刹那、小さな声を上げて目の前の不良達と自分が関わった唯一の過去を思い出した。

「あの時、交差点で喧嘩してた…」
「っあー! わっすれてたのかよお信じらんねえぜ!」
「まじきめえ」

三日前。
純平は下校途中の交差点にて、不良同士の喧嘩に出くわした。
路地裏や人気のないところではなく、通路の真ん中で。
歩行者の通る道で、彼等は喧嘩をしていたのだ。
迷惑この上ないそれに、純平が真っ先に警察を呼んだ。
警察が駆けつけ、直ぐに鎮火されたかのように思えたのだが――――どうやら彼等は警察にチクったということで純平に御礼参りに来たらしい。

「ちょっ…今時こんな古いこと漫画や小説でもネタにされませんよ! 時代に取り残されてますよ!」

明らかに反抗するところが違うが、不良たちは特に気にすることなく純平の腕を強く掴む。

「っせえなあ」
「いいからまじ黙れ。本気で殺すぞお前よお」
「その若さで犯罪宣言ですか。視点を変えるなかなか格好良いこと言ってますね」
「っテメェ…!」

――あ、まずい
――煽り過ぎたか

純平としては挑発して相手が興奮したところを突いて逃げようとしたのだが、相手は腕を離してくれそうもない。
それどころかますます力を込められ、骨が筋肉が神経が細胞が悲鳴を上げている。
かと言って先程の発言を撤回するには些か遅過ぎた。

拳が、純平の鼻に接触す――――る前に別の鈍い音が響いた。
鈍器で叩くような、音。
それが何なのかを理解する前に、不良は痛みの声を上げる。

「っあ…っあががっがあああッいだッいいいいひいっいいいいいいッッッ」

純平を掴んでいた腕の手首が有り得ない方向に折れ曲がっている。
不良が情けない悲鳴を上げながら、地面に倒れ込んだ。

「えっ…ええっ?」

またもや突然のことに驚きの声を上げると、純平と不良の前に先程の黒浴衣の少女が割り込んできた。



カラカラカラカラ
カラカラカラカラカラカラカラカラカラ



渇いた音を鳴らせて、黒浴衣の少女は不良へ1歩ずつ近付く。

「あ、あぶな…」

そこで純平の声は途切れることになった。
何故なら――目の前の少女が鉄パイプで不良たちの手首を1人ずつ叩き折っていったからだ。
上から降り上げて、下から突き上げて、横から叩きのめして、斜めから勢いに任せて振って。
漫画や映画で鉄パイプを使って喧嘩するシーン等はよくあるが実際に観たのは初めてだ。
しかも、小さな少女が一方的に。
少女に力はそれ程なさそうで、華奢に小柄で鉄パイプを振り回すには似合わな過ぎている。
なのに、彼女は何処までも無表情に鉄パイプでその場にいる全ての不良の片手の手首だけを叩き折ってしまった。

「……この人のこと、傷付けたら私凄く怒る。手首を折るくらいで済まない」

淡々と話す少女に対し、不良達は短い悲鳴を上げて後ずさりをする。
そのまま一気に悲鳴を上げたかと思うと走り逃げてしまった。

何かが可笑しい光景だが、唯一流血がないことが救いか。
それを見送った少女はくるりと人形のように振り向いて純平に近付く。
あんなことをした少女にも関わらず、彼は逃げることもせずにその場に呆然と立ち尽くしていた。

「…大丈夫?」

「っへ? ……あ、ああ、大丈夫。あ、君こそ怪我とかは…」

絶対にしていない。
それは近くで見ていた純平が一番知っていることの筈だ。
それにも関わらず怪我がないか聞いてしまった。
我ながら変な質問をしたと思っている。
けれど少女は首を横に振った。
相変わらずの無表情で。
しかしそんな対応に気を悪くせず、少女に怪我がないことを確認した純平は胸を撫で下ろした。

「よかったあー…。女の子に怪我させちゃ男として俺、色々と駄目だもんなあ」

その論理で言えば女の子に助けられている時点で終わっていると思う。

「あ、助けてくれてありがとう。いや本気で助かった」
「……困ってる人を見たら助けなさいって、兄さんいつも言ってる」
「兄さん?」

――そういえば、さっき生徒会長のこと…

「和奏」

落ち着いた、凛とした声が響く。
その声が響くとほぼ同時に少女は緩慢な動作で、しかし先程とは異なる漆黒の瞳を輝かせて声の方を振り向いた。
そこにいたのは、茶髪に染めた高三であろう男子と、噂の生徒会長で――

「兄さん」

乾いた音を立てながら鉄パイプを両手に抱き締めて、少女――峰村和奏――は兄である和音に近付く。
すると和音は柔らかく笑って和奏を抱き締めた。

――シスコン…?

想像と異なった生徒会長の姿に純平は目をパチクリさせる。

「お待たせ。ごめん、結構待たせたかな?」

兄の問いに、妹は首を横に振る。

「全然。少しだけど遊んで楽しかった」

――遊んだって…まさか、あの不良との…
――いやいや、流石にそれはないか

「よかったね、遊んでもらって。そこに突っ立ってる子に遊んでもらったのかい?」
「違う。もっと派手で不潔そうな奴と」

――うわ、結構キツイな

「そっか。でもあまりそういう人と遊んでると、心配だからもう少し柄の良い人で遊びなさい」

――あれ? で? ちょっと日本語可笑しくね?

そんな純平の心情を余所に和奏はコクンと頷いた。
そして兄の後ろに立つ染めたであろう茶髪の、お世辞にも柄が良さそうとは言えない学生に目を向ける。

「………春樹もいる?」
「いるいる。思いっきりいるよー存在感半端ねえよー」
「そうだね。そんな茶髪はうちの学校で結構目立つね」
「……それは嫌がらせか何かですか?」

春樹と呼ばれた茶髪の男子生徒が肩を竦める。
少し青みがかったワイシャツというシンプルで高校生らしい和音に対して、春樹は――意外にも同じく真っ白なワイシャツというシンプルな服装でいる。
唯一、髪だけが浮いているのだが。

「ったく。変な奴と遊んだっぽいけど、俺だってお前のこと心配なんだからな。あんま心配させんなよ。お前は」



「俺の女なんだからよ」



――………
――…………………
――…え……


「こい、び、と…?」


――この茶髪と鉄パイプ娘がカップル…?

衝撃で呆然としていると、純平の存在に気付いた和音が軽く笑い掛けてきた。

「君…大丈夫? 左頬がえらく腫れているけど」
「え、あ……」

言われて思い出した。
自分は殴られていたのだ、頬を触ると熱を帯びている。

「兄さん、春樹。その人、私と遊んだ人に殴られた。痛そう。助けて」

ぎゅっとシャツの裾を掴んで助けを請えば、兄は妹の頭を撫でて安心させるように笑って見せた。

「勿論。今すぐ救急車を呼ぼう」
「いや保健室で良いだろ!」
「そ、その前に、そんな大したことないので、大丈夫ですよ…」










保健室にて。
春樹がシップを貼ってくれた御蔭で熱が少し引いた気がする。

「家に帰ったら冷やした方が良い。そうすれば腫れもそう酷くはならないよ」
「す、すいません。 ありがとうございます」

ベッドに腰掛けて頭を下げれば、和音は先程と変わらぬ笑みを見せた。

「気にしなくて良し。それよりも大事にならなくてよかった」
「お前が救急車を呼んでたら大事になったろうけどな」

春樹の突っ込みに和音は照れるように微笑む。
いや別に褒めてねえから、と春樹は溜息混じりに呟いた。

「ええっと…会長、妹さんがいらっしゃったんですね」
「ん? ああ、そうそう」

和琴の頭を撫でると、優しく微笑んで自分の妹の名を口する。

「峰村和奏。僕の妹で中学生だよ。可愛いでしょ?」

「あ、はい」

咄嗟に答えてしまい、純平は自分の発言に冷や汗を流した。
結構簡単に可愛いと言ってしまった。
彼氏と兄の前で。
しかし和奏は無表情で兄を見上げる。

「兄さん、私可愛いって言われた。どうしよう。嬉しい」
「よかったね、和奏。まあ僕の妹だしね」
「さっき、怪我ないかって、心配してくれた。女の子扱いしてくれた。凄く嬉しい」
「俺の彼女なんだからそれくらいったりめえだろ。手出したらそこのお前、殺すからな」

指差しをされて純平が冷や汗から滝汗に変わると、和奏が春樹のシャツを控え目に掴む。

「折角、私助けたのに。殺したら嫌」

恋人の言葉に弱いのか、春樹は眉を顰めてみせた。

「…わーった、わーった。お前の頼みじゃ断れねえな。殺さねえよ。けどマジで俺からコイツ盗ってみろ。殺さねえけど痛い目見せてやるからな」
「は、はい…」


和奏は無表情だが、少しだけ頬を赤く染めてそっぽを向いている。
それを見た兄が「和奏照れてるー」と茶化した。
和奏は鉄パイプを抱き締めて、首を横に振った。

「…照れてない」
「そういうことにしといてやんよ」
「……照れてない」
「わーったから」

ぐしゃぐしゃと和奏の頭を撫でて髪を乱す。
和奏は浴衣の裾から少しだけ手を覗かせて、髪を整え始めた。
特に嫌そうな表情もせず、代わりに頬を林檎色に染めつつも、唇を尖らせて。

「あ、なぁんだ…。ここに氷あるじゃないか」

不意に和音が保健室の冷蔵庫を開けて、更に手を突っ込んで半透明に白い水滴の付いた氷を取り上げる。
そして勝手に棚に畳んで置いてある清潔な白いタオルに包んで純平の方を振り向く。

「純平君、いくよ」
「っえ! あ、は、はい!」

慌てて和音の投げる氷を受け取ろうと両手でクッションを作る。
しかし年上、しかも天下の生徒会長と初めて見る人種に気が動転しているのか。
氷は空しくも純平の手の平を通り過ぎて、そのまま床に落ち――――る寸前に和奏が鉄パイプでコツン、と軽く氷を上に持ち上げるように下から叩いた。
すると氷は重力に逆らい、そのまま逆戻りして純平の手の平に収まる。

「…おお」

あまりに自然に、それでいて器用でなかなか出来ない芸当に純平は静かな歓声を上げてしまった。
それから顔を上げて少女の顔を見つめる。
純平と目が合うと少女は首を傾げた。
漫画であれば、頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるであろう。
そのあまりに子供っぽい仕草に小さく噴き出した。

「よし、そんじゃあ茶ぁしばきに行くか」

「ハル君、茶をしばくってちょっと死語入ってるよ」

和音が可笑しそうに笑いながら言えば、春樹は少しむっとした表情でうるせぇ、と返す。
和奏は無言で無表情で、音を立てず腰掛けていたパイプ椅子から立ち上がった。
ただ一人、状況に着いていけない純平を残して。
しかし、冷静な頭で考えていると今自分の行うべきことは実に簡単だ。

――何慌ててるんだ、俺
――帰る以外に何の選択肢があるんだよ

助けてもらい、怪我まで看てもらったのだ。
あとは改めて礼を言って帰宅するだけ。
自分の行動を頭でシュミレーションし、息を吐いて「ありがとうございました」と言い掛け――

「あ、よかったら純平君もお茶しない?」

天下の生徒会長に穏やかな笑顔で誘われて、純平は頷かざる得ない状況になってしまった。










街中の某カフェにて。

コーヒーに紅茶やジュースといった飲み物がテーブルに置かれている。
一つのテーブルを挟んで和音に純平、そして向こうにカップルという形式で彼等は冷たいドリンクで喉を潤していた。
このカフェは比較的安く、更に学生ウケするデザインに学生割引もあるので、純平たちの通う学生たちに愛用されている。
現在は丁度部活も終わる頃でちらほらと同じ制服に身を包んだ学生たちが店内に入ってくる時間帯だ。

「純平君は兄弟とかいるのかい?」

紅茶を純白のミルクと混ぜながら和音が笑顔を崩さずに聞いてくる。
和音は目の前のグレープジュースに気を取られながらも、首を横に振って見せた。

「いえ、兄弟はいません。俺、一人っ子なんで」
「ふぅん。そうなんだ。春樹はいたよね? お姉さんだっけ?」

それまで黙ってコーヒーカップに口付けていた春樹が口を離す。

「あー…姉貴が一人な。今大学生」

「すっごく綺麗な人だよ、お姉さん。姉御みたいな人」
「綺麗な人、私凄く羨ましい。何時もどうしたら春菜お姉ちゃんみたいに大人っぽくなれるのか、相談してる」
「……べっつに大人っぽくねえけど、全然。ただの年増なだけじゃね?」
「と、年増って春樹先輩…」

――やっぱこういうのって姉の方が立場とか強いんだろうなあ

姉のいない純平の勝手な想像だが。

「あ、言っとこうかな。メールで春菜さんに」

和音が先程までの穏やかなあ笑顔から一変して意地悪そうな笑みに変わる。
女の子で言うならば、小悪魔といったところか。
ただし、彼の場合小悪魔というよりはただの腹黒にしか見えないのだが。

「ちょっと待て! 何か奢るから! この前、お前ここのティラミスケーキ食いたいってほざいてたよな! 今すぐ注文してやるから! 勘弁しろ!」

「いや、今はティラミスケーキよりもこっちの生チョコのショートケーキが食べたい」

「ああ? ショートケー…てめっ三十円もたけえじゃねえか!」
「…まあ、春樹が良いなら」
「っ…分かった。分かったそのショートケーキ奢るから黙ってろよ」
「生チョコの方だよ? 生クリームの方を頼んじゃ嫌だよ?」
「男子高校生が嫌だよっつっても気色わりいんだよ!」
「あ、酷い」
「…春樹、私このカスタードプリンが良い」
「……奢れってか? そのプリン俺が奢れってか? 何で俺指名で来るんだ? え?」
「…純平はこのクリームチーズプリンが良いって」
「え? え、え? お、俺何も…」
「いやそいつさっきから何も言ってねえから。お前等兄妹が好き勝手言ってるだけだから。せめてそいつに希望を聞いてから言えよ。お前が食いたいだけだろ、それ」
「……そんなこと、ない」
「何で俺の目を見ねえんだよ。何で俯くんだよ」
「ほらほら、何時までもくっちゃべってないで、店員さんにオーダーして。気の利かない男は嫌いだよ、和奏」
「……俺にこいつを殴り飛ばす権利は十分過ぎるぐれえあると思うんだが。お前、どう思う?」
「え? お、俺?」
「……春樹、脅すの良くない」
「…お前の今の言葉がちょっとした脅しなんだけど?何だこの気持ち。泣いても良いか、俺」
「すいませーん。生チョコのショートケーキとカスタードプリンとクリームチーズプリンと抹茶パフェくださーい」
「なあ、最後の一つ何か余分じゃね? 幻聴? 俺の幻聴か? しかもパフェって、結構値段高くねえ? 何でプリンも一つ増えてんの? ねえ、何で?」
「い、いや、でも抹茶パフェは俺も好きですよ、抹茶! 抹茶とか、コンビニとかの抹茶アイスとか、美味しいですよね、抹茶!」
我ながら何て意味のないフォローだと心の中で突っ込む。
しかも何回抹茶という単語を繰り返すのだ。

「ああ、よかった。純平君が抹茶好きで」
「なに純平の為にオーダーしましたみてぇな面してんだ? お前もたしか抹茶好きだったよな? 明らかに自分の好きなもん注文して他人も好きだっつたら、よかった君の為に注文したんだって言ってる奴と同レベルだよな」
「ごめん。その例え、長すぎて僕よく分からない。もっと簡潔に短く言ってほしいな」
「やべっコイツ本気で殴りてぇ。厨房からの熱々のコーヒーを顔面にぶっかけてえ」
「その前に和奏が君を鉄パイプでボコってくれるから平気さ」
「………」

カオス。混沌。支離滅裂。

たった四人――殆ど二人だが――で話しているにも関わらず、それはなかなかに混沌とした会話だった。又は殺伐としているか。

しかしその言葉の一つ一つに冷たさは感じられず、彼等が完全に打ち解け合っていることを示している。
そんな彼等を見て、少し羨ましく思った純平だった。










「プレゼント?」
「は、はい」

翌日の昼休み。
三年生の通る廊下にて、生徒会長と一年生が窓辺で言葉のキャッチボールを行っていた。
行き交う生徒たちは一瞬その一年生に目を向けるがさして興味が無いのか、直ぐに目を逸らしてしまう。
純平はそんなむず痒い雰囲気に耐えつつも目の前の先輩に質問を繰り返した。

「昨日、会長たちが来る前に俺不良に絡まれてて。それで和奏ちゃんが助けてくれたんで」
「それで御礼がしたい、と?」
「はい」

こちらから頼んで助けてもらったわけではない。
向こうはあくまで勝手に不良の手首を折っただけだ。
御丁寧に、次また純平が狙われないように釘まで刺して。
手首を折ったことには驚いたが、それでも助けてくれたことに変わりはない。
しかも下手すれば彼女だって自分よりも酷い怪我を負っていたのかもしれないのだ。
彼女は「楽しかった」と言っているが、やはり少しは怖かったのではないか。

何にせよ、本日の朝刊に「高一、御礼参りに暴行事件! 未だ目を覚まさず」等という見出しにならずに済んだのも和奏の御蔭である。
少し大袈裟に言えば、命の恩人なのだ。
あのまま集団で殴られてほっとかれていては死んでいた可能性だってある。
そして純平はせめて御礼に何かしたいと考え、こうして彼女の兄の元まで知恵を借りに来たわけだ。

「和奏は…そうだねえ…。プリンとかも結構好きだけど…」
「あの、髪飾りとかは…」
「和奏はあまりアクセサリーとか付けないな」
「あ、じゃあ服とかは」
「サイズとか合わなかったら悲しいだろ? それに和奏はああ見えて服には五月蝿くて」
「…あ、何か俺の選んだ服だと着なさそうかも」

あの男性用の黒浴衣を選ぶ趣味を純平には理解できそうになかった。

「無難に花とかどうかな?」
「花…ですか」

王道で、それでいてベタだ。
しかし兄がそう言うならば、それが良いのかもしれない。
それに花を貰って嫌がる女の子はいるかもしれないが、少なくとも和奏はそういう性格ではなさそうだ。

「花ですか…。良いかも…」
「花だったら和奏、結構好きだしね。よく花屋で花とか見てるし」
「へえ…。あ、じゃあ和奏ちゃんの好きな花とかありますか?」
「それはやっぱ君自身が選ばないと」

そう言われて「あ、そっか」と赤面する。

「ここは君のセンスの問われる時だ。頑張って素敵な花を選んでくれ」

「が、頑張ります…」

女の子に花を贈るという初めての体験に、純平は頭を抱えながらも返事をした。










翌々日。放課後にて。
やはりトマトを潰したような夕焼けに、彼女は校門に佇んでいた。
愛用の鉄パイプに本日は薄紫色の浴衣に袖を通し、前回と同じくリボン結びで。
自分の身長よりも長い鉄パイプを手にしながら佇む無表情の少女は正直言って不気味以外の何者でもない。
しかしそんなホラーちっくな光景に明るい声が掛けられる。

「和奏ちゃん!」

鞄を肩から掛けて、純平は小走りで走り寄る。和奏は首を傾げてそちらへ顔を向けた。

「……純平」
「久しぶりだね、和奏ちゃん。って言っても三日ぶりかな」


そう言いながらも嬉しそうに笑顔を見せる。
兄の完璧過ぎる笑顔とは異なる、純平の自然な笑顔を眺めつつも和奏は彼の手に持つ白いビニール袋に目を向ける。

「それ何?」
「え? あ、そうそう。これ、和奏ちゃんに渡したくて」
「…?」

首を傾げる和奏に、ビニール袋から真っ白な紙に包まれた花束を渡す。
大量でもなく、かと言って少なめでもない。
和奏や純平でも両手で持てるくらいの大きさである花束。

紫の大輪の花弁は薄くて透き通るような美しい花色で「ランの女王」と呼ばれ、花の中でスーパースター的存在である――

「…この花、何?」
「これはカトレアっていう花なんだ」
「…カトレア…?」
「うん。花屋で見て、和奏ちゃんに似合うかなって思ったんだけど。あ、この前助けてくれた御礼に」
「カト……レア…」


じっと花を見つめる和奏を更に見つめながら純平は非常に目まぐるしい考えを巡らせていた。


――あれ? もしかして気に入らなかった…のかな? でも会長、花なら好きって言って…っまさかカトレアは嫌いだったとか! まずい。だったら俺はかなり失礼な嫌がらせをしてしまったことになる。知らなかったと言えば済むけど、でもこれじゃ御礼にならない。どうすればいいんだ。こうなったら今からでも花屋で違うものを買い直そう。それしかない。あ、でも俺さっき和奏ちゃんに似合うって言っちゃ…。…これは今更撤回できない。しまった。本当に俺はとんでもないことをしてしまったどうすればけじめをつけられるだろうかでも何で会長もだま

「ありがとう」
「っひえ?」

――うわ、恥ずかしっ

わけの分からない奇声を上げつつも目を向ければ、和奏は無表情で鉄パイプと一緒に花束を抱き締めていた。

「花、貰ったの初めて。嬉しい。大切にする」
「え、あ、ううん! よかった! 気に入ってもらえて」

ほっと胸を撫で下ろしつつも、鉄パイプと一緒に花束を抱き締める和奏を見て可愛いな等と思ってしまう。

――って、俺は何考えてるんだ! 

他人の、しかも先輩の彼女を好きになってしまうのは一番最悪なケースだ。
必死にその考えを打ち消すように、和奏に質問を投げかける。

「そういえば、和奏ちゃんって中学生なんだよね。何年生なの?」
「一年生」
「へ?」

予想外の答えに思わず上ずった声を出す。
三年生にしては小さいと思ってはいたが、まさか一年生だとは思いも寄らなかった。
確かに一年生と言われて納得はいくが

――春樹先輩ってもしかして……
――ちょっとロリコン?

高校三年生と中学一年生のカップル。
六歳の差で結婚する人や付き合う人は珍しくはない。
ただ、何故か学生であるとそう考えてしまう自分は果して可笑しいのだろうか?
花束を抱えて喜ぶ和奏を前に、純平もやもやとそんなことを考えてしまう。









「純平君に先越されちゃったね」
「五月蝿い。黙れ」

生徒会室の窓辺にて、和音と春樹はそんな二人を観察していた。

「お前が誘導したんだろ?」
「だってほら、自分の妹に礼がしたいって言われて止める兄なんていると思うか?」
「シスコンじゃねえ奴は止める以前に関わらないと思うけどな」

面白くなさそうに唇を尖らせる春樹に和音は窓を閉めながら、口を開いた。

「カトレアの花言葉って知っているかい?」
「あ? 花言葉?」

眉を顰める春樹に和音は「花言葉って言ってもいっぱいあるんだけどね」と付け足してゆっくりと振り返った。
楽しそうに、愉しそうに、そして不自然過ぎる自然な笑顔を浮かべて。

「カトレアの花言葉は――」






「貴女を愛します、だって」






沈黙。重苦しい沈黙が流れる。
そっと目を向ければ春樹は眉を顰めて目の前の壁を睨みつけていた。

「ハルく―」
「和奏はあいつに振り向かねえよ」

和音の言葉を遮って言い放つ。
それは何処からそんな自信が来るのか、と問いたいくらい堂々としていた。
しかし和音はそんな春樹を窘めることもせず、薄く笑って窓へ目を向ける。

「よく分かってるじゃないか」
「ったりめえだ和奏は俺の彼女なんだからよ」
「でも君さ、デート中に兄妹と間違えられてないか?」
「…何でテメェがそれ知ってんだよ」
「和奏が言ってた」
「……はあ」
「惜しいな。君と和奏がそれこそ相思相愛なベタ惚れじゃなければ、昼ドラみたいな三角関係が見られたのに」
「………お前、自分の妹が人間関係でそんな泥沼状態で荒れてるところを見たいか?」
「興味はあるね」
「お前が良い兄でないことがよく分かった」

そんな、何処か殺伐とした雰囲気を醸し出した会話を繰り広げつつも、春樹は窓から顔を出す。
和奏と純平がこちらへ足を運んでいるところが見えた。

何処か殺伐としていて、それでいて温かい関係の彼ら。

何処か可笑しくて、それでいて笑顔を浮かべる彼ら。
世界には、様々な人間がいるものだ。













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