金魚草が動揺する時 胡桃が詰まった本 駅は別れを惜しむ生徒とその家族で溢れかえっていた。 別れの言葉を言ったり、見送りをしようとしている人達がいる。人の群れ。 そんな群れの横を私は無言で通りすぎた。はっきり言って迷惑だ。 列車の前で溜まらないでほしい。鬱陶しすぎてたまらないし、第一、列車に乗るのに邪魔すぎる。 周りは迷惑極まりないということが分からないのだろうか? いや、分かっていないのだろう。その証拠がこの群れなのだから。 そんな苛立ちがピークに達したとき、やっと人混みを掻き分け列車に入ることができた。 中は外とは対照的で、がらんとしていた。人口密度が少ない。コンパートメントも、空室が多々ある。 私はできるだけ端の方に行こうと思い、奥の方へと歩いて行く。奥に行けば行くほど空室が増えていく。 大分進んだところで適当なコンパートメントに入り、 窓側の方で腰を落ち着けた。 「……リドルの時もこんな感じ?」 窓の外で群がっているものを見ながら、私はそう言った。 無論、周りには誰もいない。返事は頭の中に響いた。 <あまり変わらない。僕もこの騒がしさは嫌いだった> 「そう……」 <…フィオルは寂しいのだと思うよ?> 「……なんで?」 <誰も見送りに来なくて> 「…馬鹿を言わないで。あんな糞野郎共に見送られても、強烈な吐き気を生み出すだけ」 <言葉悪いよ、フィオル。それと、僕が言いたいのはそういうことではなくて……> 「……うん。分かってる」 リドルが言いたいことは、本当は分かっている。 父や母、祖母がいないから寂しいんじゃないかって言いたいことくらい、分かっていた。 でもそのことは、自分の中では終わったことだから。強がっているとかではなくて、本当に寂しくない。 どちらかというと、そのことに関しては私は落ち着きすぎていた。 曽祖父達はというと、この入学に対しては注意という名のいつものお小言だけ。 "次期当主としてミュステリア家に泥を塗るようなことはしないこと" "次期当主としてホグワーツで功績を挙げること" "次期当主として成績は常時上位でいること" そして極めつけがこれだ。 "次期当主として決して目立つような行動はしないこと。それが、ミュステリアに与えられた使命なのだから" 次期当主として、次期当主として、次期当主として!! もう聞き飽きた文句だった。 と、そのとき、控え目にコンパートメントの扉を叩く音がした。 思考の海から自身を引きずり出し、そちらへ顔を向ける。 扉を叩いたその人は扉を開けると、向かいに座ってもいいかと聞いてきた。 私は別段、断る理由もないので了承した。 いつのまにか、発車の二分前になっており、他のコンパートメントもすでに満室だった。 向かいに座ったのは黒髪の少年。なんともいえない雰囲気を纏っている。 何も言葉を発する気配もなく、本を読んでいた。きっと荷物から取り出したのだ。 そういえば私も着くまで暇だと思い、退屈しのぎに持ってきておいたのだ。 脇に置いてきぼりにしてしまっていたそれを手に取り、読み始める。 いつの間にか汽車は発車していたようだった。 私が本を読み始めてからしばらくたったとき、向かいの少年がふと声をかけてきた。 「…なにを、読んでいるんだ?」 「これ?」 私が読んでいた本を指し示すと、彼は軽く頷いた。 どうやら興味があるらしい。 それもそのはず、その本の題名を読めば大抵の人は何かしらの興味を示すのではないのだろうか。 その本の題名はこうだ。 <生き物の心理と心理と心理を心理学から> 「題名の通り、心理学」 「面白いのか?」 「そうね、読んでいて退屈はしないわ。特にマグルのは、面白すぎて呆れるくらい」 本選びは退屈しないが大前提。 別に私は純血主義者ではないので、マグルを侮辱しているわけではないのだが、とても面白くて呆れる心理描写をするのだ。 心情が行動に影響し過ぎている。 頭では落ち着こうとしているのに、全く落ち着かないとか。突拍子もない行動をしたりとか。 全くもって、意味も計画性も無い行動をしたりだとか。 まぁこれは、必ずしもマグルだけではないと思うのだが、こういう行動はマグルに多い傾向にある。 この本にはそのようなことが書いてあり、中々に私を楽しませてくれる。 そのような内容を、目の前の彼に言った。 その話を、とても興味深そうに聞いていた。 もしかしたらそういう行動を心理学という名で見て、嘲笑っているんだと捉える人もいるかもしれない。 でもそれはそれであながち間違っていないわけで。 「また今度読んでみるといい。結構面白い」 「…参考にさせてもらおう」 そう言って彼はまた自分の本を読もうとしたため、今度は私が彼に疑問をぶつけた。 「君は何の本を読んでいるの?」 「魔法薬学についての本」 「………」 彼は本から視線を外さずにそう言った。 だがその本は、一目で専門的で高度な書物だと分かった。 そんな本を、今からやっと学校に入学します状態の人が理解できるはずがない。 それに魔法学校に行く汽車の中で、予習をするなんて人の気が知れなかった。 「…面白い?」 「ただの予習だ。面白いはずがないだろう」 そんな感じで普通に返されてしまった。 どうやら予想通り、予習だったらしい。 「それって一年の内容……、じゃないよね?」 「ああ、違う」 「…信じられない」 「その年齢で心理学の本を読んでいる君には、言われたくないな」 確かにそうだと、自分でも納得してしまう。 私は目の前の彼に、もっと興味が沸いてきた。とても面白そうな人だ。少なくともこの本よりは。 そうとなればまず、彼という名称を変えなければいけない。 「君、面白いね。私はフィオル・ミュステリア。君は?」 「……セブルス・スネイプ」 本から軽く顔を上げると素っ気無くそれだけ言い、また本へと顔を戻した。 私の名前を聞いてもそれだけの反応とは、すごく面白い。とても気に入ってしまった。 「寮が同じだったらいいわね」 独り言のように呟いたそれは、本に集中していた彼に届いたかどうかは定かではない。 だが呟いた瞬間に本を持つ手が少し震えたのは、気のせいではないだろう。 ―胡桃が詰まった本― (知性を持ったそれは運命さえも決めてしまう) |