至福の足音 日常 周囲に広がる緑の映える木々。 近くを流れる川のせせらぎ。 町から聞こえる子どもたちの楽しげな声。 その長閑(のどか)な雰囲気を裏切るように、空気を裂く鋭い音が轟き、轟音のような鳥獣の断末魔が木霊する。 「安らかに眠れ」 ギァァァァァア!! シュゥゥウという何かが溶けるような音で煙が立ち上り、人の3倍以上の大きさである鳥獣は、その煙が消えるころには消え去っていた。 後には腐敗臭が漂う。 その鳥獣を滅した本人だろう男はスラリと背が高く、クリーム色の髪はうなじまでの長さで、邪魔にならない程度に切り揃えられている。前髪も眉を過ぎるあたりで揃えていた。右耳に青いピアスが1つ。 チン― 武器である細身の刀を、右手で左の鞘に刺した瞬間、 「かっ、こいい・・・」 それを見ていたギャラリーが騒ぎ出した。 たくさん駆け寄ってくる。 「さすがルイス様!」 「やっぱり天才は違う!」 爽やかな、嫌み1つ感じないような微笑みを浮かべた男―ルイス・ヴァル・ファンデル・ティアードは、周囲を嫌がるそぶり1つも見せずに穏やかな口調で言った。 「ありかとうございます」 耳に心地いい透き通った声が、周囲を魅了する内の1つでもある。 「あらまぁ、王子は相変わらずモテ男だこと」 「・・・」 「エミル?」 「・・・んあ?」 「反応してくれなきゃ寂しいじゃない。1人で喋ってるみたいで」 「・・・良いだろ別に。モテようがどうだろうが俺はかんけーねえし」 「ふーん。冷たい」 「言ってろバーカ」 「なによ、チビのくせに」 「あ゙?まだ成長期始まってねえんだよ」 「チビには変わりないもん」 「っ、テメェ・・・」 少し離れた位置でその様子を見ていた男女2人。 同じ背だった。 女の子は桃色の膝裏まで伸びるツインテールにイタズラな笑い方が特徴的。 男の子は黒髪。長い睫がついた、鬱陶しそうに見える細目が色っぽい。瞳の色素は薄く、肌の色も白い。形のいい右側の耳に、2つのワンポイントピアスが並んでついていた。 女の子の方が頭の後ろで手を組み、 「あーあ。エミルったらこーんなに綺麗なのにもったいない・・・、性格直したら?」 と残念そうな口調で言う。 「ふざけん―」 な。そう言おうとしたその声を、駆け寄ってきた呼び掛けが遮った。 「エミルー!」 さっきまで女の子に囲まれていた麗しの君だ。 「はぁッ、はぁ、」 さらさらと風に揺れるクリーム色。 うっすら額に輝く汗すら爽やかに見えた。 男の子―、エミル・ダーナル・リム・ハイバーンを見つけ自然と笑みを深める。弧を描く瞳はエメラルドグリーン。 膝に手をつき、幼さが残る笑みでそっと微笑んだ。 「エミル、見ててくれた?」 「あー、うん」 純粋に喜ぶ相手に対してがしがし頭を掻きながら視線を外す。 「“相変わらずモテ男だこと”」 感情の込められていない言葉と、その横顔の艶やかさにルイスは小さく息を呑む。が、気付かれないようにとすぐに切り返した。 「見ててほしかったのはそこじゃないよ!」 鳥獣を倒したところだ。 「・・・寝てた」 「・・・」 「俺もう帰るわ」 そう呟いたエミルは、踵を返して歩き出した。 [次へ#] [戻る] |