至福の足音
1
僕のお母さんは、僕が産まれた時に泣いたらしい。
そのことを涙ながらに話すお母さん。
普段おしとやかで、いつも優しい微笑みをくれるお母さん。
そのお母さんが嘘をついてるだなんてとても思えるはずがなく、本当の事なんだと思った。
「っ、ごめんなさいっ。ごめんなさい、ねっ」
泣いてほしくなかった。
お母さんに対する気持ちはいつも、"ありかとう"でいっぱいだから。
だから、謝らないで。
「だいじょうぶだよ、お母さん」
上手に笑えてるのかな。
心配だった。
僕は笑うことがへたっぴだから。笑いたくない、つらい時に笑うことが難しい。
笑顔を見せた僕を、ただお母さんは引き寄せて、
僕はお母さんの温かいぬくもりを、このお世辞にも大きいとは言えない体で感じていた。
このぬくもりを忘れないように。
だいじょうぶ。
だいじょうぶ。
僕は、この存在が消えるまで、あと何回自分に嘘をつくんだろうか。
“僕”という存在が消えるまで、
あと10年。
涙は出なかった。
いきなり過ぎて、実感がわかなかったから。
だってまだ、10年もあるよ?
あと10回誕生日をお祝いできるし、あと10回ハロウィンのお菓子も食べられる。クリスマスだって・・・
僕は幸せ者だと思った。
優しいお母さんが居て、
まだ10年も生きられる。
まだまだ先は長い。
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