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だってそういうことでしょう
優しい拷問(K×N)
海斗×直人
キリリク/エロ無し/

紫雲様に捧げます


壊れてしまえばいいの後


葉山直人は不幸な青年である。

卒業式には女の子の間で第2ボタンの取り合いになる程度には整った容姿をしているし、それなりにモテる。

要領だって良い方だ。
勉強も運動もそつなくこなすし、一年生なのにフットサルの試合でレギュラーに選ばれ、それでも先輩や後輩から信頼を集める程度には人付き合いも下手ではない。

友達だって多いし、教師からの信頼も厚い。

それでもやはり、葉山直人は不幸な青年なのである。


「直人君キスしようか」


なぜなら、知る限り最悪にたちが悪い彼に目をつけられているのだから。






「だから着いてくんなってば!」


「同じ方向行くんだからしょうがないじゃん」


朝一、家からほど近い交差点で偶然に出くわして、“あ、そうだ。今日中にキスしようね”と確実に今思い付いたに違いない謎の宣言をされた後、キレイな顔の悪魔から逃げ惑う。

佑真を助け出した時にも思ったけれど、橘海斗の家は自分の家からすぐ近く。
学生が多く住む住宅街。
この辺りに住むうちの大学の学生は皆この交差点を通る訳で、同じ時間帯に大学に向かうとなればここで出くわすのはなんの不思議も無い事だ。

そんな事分かっている。


だけれど、


ちら、とすぐ後ろを歩く彼を伺った。
にこり、とうすら寒い笑みを浮かべた顔と目が合う。


ぞわりと背筋が波立った。


何を考えているか分からない、何故か自分の貞操を狙う人物とちょくちょく関わるのは分かっていても嫌だ。


「今日もよろしく。」


来ないとこの間の画像ばらまくから。
爽やかな笑顔に脅されると俺にはもう拒否権がない。

何が悲しくて男に狙われなければならないのか。
もう勘弁してくれ。





専門教育の授業。
前の席に座る佑真の後ろ姿をみながらぼうっと考える。

男同士の恋愛に、自分は抵抗が無い方だと思う。
男を好きになったのは佑真が初めてだったけれど、いまだに佑真の事が好きだし、可愛いし。なんなら抱きたいとまで思っている。

それに。
佑真の隣の金髪の下から覗く白い首筋に視線を移した。
信也が春樹と付き合う気持ちも分かる。
佑真とはまた違うが、春樹だって中性的で肌が白くて可愛いと言えなくもない。

佑真や春樹なら分かる。


だけど。

はぁと大きなため息。
・・・何故俺が。

そんなにゴツくはないと思うけれど、スポーツだってしている訳だし、お世辞にも女の子みたいに柔らかいとは言えない。中性的でもない。
海斗さんよりは少し低いけれど身長だってあまり変わらない。むしろ高い方だ。
・・・俺を抱きたいという意味が全く分からない。

それに、海斗さんは海斗さんでモテない筈がないだろう。
だってあの容姿だし、性格さえ分からなければ人当たりだって非常に良い。・・・まぁ実際の性格は酷いものだけれど。
実際、同級生の女子達が何度か海斗さんの噂話をしているのを聞いたことがある。

ついでに春樹も信也も、海斗さんには良い印象を持っているみたいだ。

・・・マジで見る目ないと思う。


『今日も手伝いよろしく』
『今日中にキスしようね』


海斗さんはそう言っていた。
今日もやっぱり行かなきゃいけないんだろうか。

キス、キスなぁ。

女の子や佑真はまた別として、
別に男同士のキスくらいどうとも思わない。
それで解放されるならしてもいいんだけれど。

・・・なんか癪だ。

だいたい、撮られた写真を脅しにヤらせろとか言うのかと思いきや、そんな事もしてこない。

脅しに使うのは手伝いに来いとかそんな事にだけ。
いっそ脅されてキスさせられるとかなら諦めもつくのに。

そんな俺の感情も見据えてあの人は楽しんでいるのだろうか。

・・・そうだろうな。


「直人、なんかあった?」


浮かない気持ちは外にまで漏れ出ていたらしい。
隣に座る信也にこそりと聞かれて、大きなため息をつく。


「物好きっているんだなと思ってさ」


「は?」


「・・・蛇ににらまれた蛙の気分」



信也はワケがわからない、って顔をしていた。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


あっという間に放課後。

何故かいつのまにか知られていた携帯のアドレスに送られてきたメッセージには、17時に研究室で、とだけある。

誰が俺の連絡先を。
ストーカーかよ。


海斗さんの授業は終わっていたけれど、今度は海斗さんの研究を手伝わされていた。なんでも今度学会があるらしい。
でもそれももう大体の資料はまとめて後は発表するだけの段階だった筈だけれど。

しぶしぶながら、もう通いなれてしまった研究室の扉を開ける。
なんならすでに研究室の人とは顔馴染みになってしまっているし、あのハゲた教授に至っては熱心な生徒だと勘違いして事あるごとにこの研究室に入れとうるさい。
なにげに面白い研究してるのがムカツク。


「ああ、来た?」


「今日はなんですか」


「いつものお礼にご飯いこうと思って」


冷たい声で言うが、海斗さんはいつも通りふわりと笑って答えた。


「・・・帰ります」


・・・何が悲しくてコイツと飯なんか行かなきゃいけないんだよ


「お前に拒否権あると思ってる?」


明るい調子で言われた言葉にびくりと反応し、立ち止まる。


「着いておいで」


にこりと笑う彼は、まるで気の良い先輩のような顔をしていた。





和食の小料理屋。奥の個室。
並んだ料理と机に飾られた花。
海斗さんは手酌で徳利からお猪口に日本酒をうつす。


「ココ、お気に入りでさ」


・・・まさかこんなに良い店に連れてこられるとは思わなかった。
扉を締め切ってしまえば、賑やかな店内からは完璧に隔離される。どうやら顔馴染みらしい。
値段設定も思ったより安いしセンスもいい。
さらに悔しいことに、何食っても旨い。

何かいかがわしいことをされるかと警戒していたが、
話したことと言えば研究の事とか、日常生活の事とか、とりとめの無い世間話だけ。

何だこれ。
何がしたいんだこの人は。


「なんで、こんなこと」


「たまには普通に口説いてみようと思って」


腹も満たされた頃聞いてみるが
海斗さんは小さな小皿に醤油を継ぎ足しながら平然と言う。

別に俺の事が好きなわけじゃない癖に。
ヤりたいだけならこんなまどろっこしいことせずに脅せばいい。
まぁ絶対嫌だけど。

この人がやることはいちいち意味不明だ。


「アンタさ、何がしたいの」


お手上げだ。
ため息をつきながら言った俺に、
鯛の刺身を箸で摘まみながら海斗さんはこっちに目線だけよこした。


「別に俺の事好きなわけじゃないだろ」


「好きだよ?」


「嘘にしか思えない」


俺の答えに、海斗さんはそりゃそうだ、とくつくつ笑う。
・・・イライラする。
やっぱりどう考えても俺この人の事嫌いだ。


「・・・俺の事抱きたいと思ってんの?」


別に男に興味ないだろ。
冷たく吐き捨てると彼は曖昧に笑った。

前から思っていたことだ。
性欲が溜まっているなら女の子と寝ればいい。
男同士とかめんどくさいし女の方が絶対俺より気持ちイイはず。


「抱きたいというか、壊したい。かなぁ」


海斗さんはぽつりと呟いた。


「は?」


「俺、お前の顔が好きなんだよね。」


普通の口説き文句としては最悪だ。


緩慢な動作で海斗さんは立ち上がった。
とうとう来たか、と無意識に出口をちら、と見て体を強ばらせるが、
彼は


「送るよ」


そう言って美しく笑うだけだった。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


人二人分程度の距離を開けて暗い家路を行く。

洒落た食事。
支払いはいつの間にか済まされていて、完璧なエスコートに舌を巻く。

まるでデートだ。

家まであと数十メートルという交差点で海斗さんは立ち止まると


「ね、キスしようか」


と、くすりと完璧な笑みを作った。


「なんで」


「デートの後にチューくらい普通じゃん」


それに、キスするって言っただろ?
ぺろりと彼の赤い舌が唇を舐めるのを見た。

何故か分からないけれど腹が立った。

脅せば良い。
いっそ脅してくれればいいのに。

それか、いつもみたいに無理矢理組み敷いてしまえばいい。

なんで急にこんな、まるで女の子を口説くみたいに、
普通のデートみたいに意識させる必要がある。


「それに、男同士のキスなんて数にも入らないだろ?」


それとも意識してくれてるのかな?


くす、とバカにしたように笑われて先手を打たれてしまう。
また一つ、逃げ道を塞がれた。


「悪趣味だ」


「知ってる」


吐き捨てた俺に、ふ、と笑った彼は距離を詰める。

逃げようと思えば逃げられた。
だけど、逃げたら逃げたで意識していると思われる気がして、足が動かない。

海斗さんが俺の頬に指を伸ばした。
不快感に、勝手にぴくりと頬が痙攣する。


「なんで、こんなこと」


困惑で勝手に口が開いた。

こんなの、悪趣味だ。


「恋愛ごっこだよ」


それから彼は目を閉じ、まるで恋人同士がそうするみたいにそれはそれは優しい、触れるだけのキスをした。ついでに耳元で、好きだよ、と囁くのも忘れない。
最後まで、優しい。

ずくりと胸が痛む。

こんなの、無理矢理唇を奪われる方がマシだ。


「どう?惚れた?」


「ふざ、けんな」


キッと睨み付けると、海斗さんはくすりと笑った。
俺の困惑も、敗北感もすべて見透かしているのだろうか。


「その顔すげー好き」


「あんた、最低だ」


「そうだね」


睨み付けながら呟く俺に、海斗さんは肩をすくめた。

・・・気付いてしまった。

コイツが壊したいのは、体じゃなくて俺の中身の方だ。


「俺の事好き?」


「・・・嫌いに決まってんだろ」


「可愛い」


海斗さんは満足そうに笑う。

嫌いだ。嫌いに決まってる。

だけれど賢しい彼は、彼の事が嫌いな俺を気に入っているらしい。

こうやって恋人みたいに優しく扱うのも

全ては、


ぞわりと背中に悪寒が走った。



「ほんと、ふざけんな」


「お前は賢いね」



泣きそうになりながら吐き捨てる。
くそ。
彼の思惑に気付いてしまっても、どうにもできない。

気付いてしまった。

海斗さんは恋愛なんかに興味は無い。
俺を壊したいだけだ。
それから壊す過程が好きなだけで、壊したオモチャに興味は無い。

無理矢理されることに慣れた俺に、今度はじわりと心を揺さぶろうと優しい拷問をする。

揺さぶられて嫌がる姿が好きなだけ。
きっと本当に好きになられたら飽きて捨てるに違いない。


壊したい。壊れて欲しくない。
繋がりたい。嫌がって抵抗して欲しい。
手に入らないものしか愛せない。

相反した思考はどうしようもないくらいに最低で醜い。

ねじまがりすぎだ。
こんなの付き合ってられるか。



「俺の事、好きにならないでね」



海斗さんはお気に入りのガラス細工を扱うような手付きで、俺の頬を撫でた。


この人は、手に入らないものしか愛せない。


悪趣味すぎる。


「なんで、俺なんだよ」


掠れた声で呟いた。
彼は唇を塞ぐようにもう一度俺に口付ける。

俺はただ呆然と立ち尽くすだけ。


「生意気で馬鹿で賢くて丈夫そうで。お前、これ以上無いくらいにぶっ壊したくなる」


冷えた目。
唇が触れるような位置で言われた答えはこれ以上無いくらいに最低だった。


「ほんと、やめてくれ」


泣きそうになりながら言うと、彼は満足そうに笑う。


気付けばいつの間にか蜘蛛の巣の上にいた。
もがけばもがくほど身動きが取れなくなる。
性格の悪い蜘蛛はぎりぎりの逃げ道をちらつかせながら俺をゆっくりと嬲り殺そうとする。


けれど俺は彼が飽きるまで、もがき続けるしかない。


最悪だ。

呟いた声が闇夜に響いて消えた。

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