傷つくことも、傷つく繋がりさえもないはず、だったのに
ホラ、もう泣いちまえ。
銀ちゃんは自分の胸元へあたしの顔を埋めるように、乱暴に抱き締めた。半ば無理矢理抱き込んだくせに、包み込む暖かさの裏には大きな優しさがある。それが何かを知っているからあたしの涙腺は緩むのだ。泣いている顔を見ないように、見えないように、なんてさ。ああ…そんな優しさ、あたしには勿体無いのに。


「鼻水だけは付けんなよォ」


でも、そう言って笑う優しい声と、髪を撫でてくれる大きな手は容赦なくあたしの中に入り込んでくる。無理しなくていい、たまには泣いてもいい、と。


「ぎ…ん、ちゃん」

「おー」

「ぎん…銀ちゃん、」

「いっから。ここに」


溢れる涙と嗚咽はいつの間にか止まらなくなっていて。おずおずとその広い背中に手を回し、逞しい胸元に体を預けて、存在を確認するように彼の名前を呼んだ。

あたし、仕事でつらいことがあったの。疲れちゃったよ。ねぇ…たまには泣いてもいい?たまには弱音を吐いたって、いい?


「たまにはじゃなくていい、辛くなったら吐き出せばいい。オメーにンな顔は似合わねーよ」


銀ちゃんは優しい人だ。ただの友達のあたしに、そんなことを言ってくれるのだから。紡がれる言葉も温もりも、優しさに満ちている。
迷惑かけてごめんね、でも、今だけは甘えさせててね。明日からはまたがんばるから。


「え…ちょ、何か勘違いしてるみてェだけど。銀さん、好きでもない女に優しくできないからね。ましてや抱き締めたりとか絶対無理だからね?」


驚いて顔を上げれば、明後日の方向を見る銀さんの横顔が見えて。だけど耳がほんのり赤く染まっていて。


「好きだ、バカヤロー」


呟くように言った後、彼はあたしを抱きしめる腕に力を込めた。
仕事の悩みとか、泣きそうな気持ちとか弱音とか…心の中で渦巻いていたモノは確かに大きくて、安易に解決するものではない。だけど、今はその気持ちを忘れてしまったように、心が銀ちゃんでいっぱいだ。


「…ありがと、銀ちゃん」


すごく、うれしい。
呟くように言った後、あたしも彼の背中に回していた腕に力を込める。

彼がいたら、あたしは一生笑って過ごしていけるんだろうなって、そう感じた。あたしと銀ちゃんの、始まりの日。













「………は、」


パジャマの袖を引っ張り、目尻を拭う。酷く懐かしく、酷く愛おしく、酷く恐ろしい夢を見た。むくりと起きあがれば辺りはまだ暗い。枕元のケータイを見れば、まだ夜中の2時だった。


「ばか、じゃ、ないの」


忘れていたはずだった。忘れようとしていた。1年前に別れた、彼のことを。

別れた日から、毎日必死に何か予定を作ってきた。毎日忙しくして、彼を考える時間を作らなかった。そうすると当然記憶は薄れていったし、時が解決すると言う言葉もあるとおり彼が居なくてもなんとかやっていけるようになってきた。
忘れていたはずだった。忘れようとしていた。

…………なのに、


「………ッ」


溢れる涙が物語るのは、愛するが故の悲しみ。手の届かない人物への焦がれ。

「夢の中でもいいから会いたい」なんて、そんな話は嘘だ。
そんなの、本気の失恋をしたことがある人は絶対に言わない。考えないようにしているのに、必死に忘れようとしているのに、どうして夢の中で会わなきゃいけないの。どうして夢の中で幸せなあの時を体験しなきゃいけないの。

あたしの頭の中に、鮮明な姿を残していかないで。

目が覚めた時、あァあれは夢だったのか、って…あなたのいない現実を受け入れるのが、とても苦しいから。





傷つくことも
傷つく繋がりさえも
 ないはずだったのに


夢の中で愛をささやかないで、




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