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リクエスト後編

「なんか若返った感じしますね、校長」

「ああ、そうだな!」

「もう…帰りたい」

なんやかんやで夜中まで待つはめになった熊井はぐったりとうなだれる。結局日望と、なぜか現れた飛鷹も加わり夜中の学校を調査するはめになった。極秘任務、だかなんだかで内密に行うために明かりなど一切使えない、らしい。目が慣れるまでは何がなんだかわからず、集まった3人の野郎は何度もいちゃいちゃとぶつかりあった。そんなことが日望いわく、「若返った」らしい。
3階の角、鏡から少し離れて見える位置に3人は小さくしゃがんで机の下に隠れる。鏡の前には美術用具やら、吹奏楽部の楽器やらを置いていて、つまりは囮に使うらしい。時刻は0時の5分前、明日も早いのにと熊井はこの安っぽい作戦に小さくため息をついた。

「おい、ホントに何か起こるのか?」

「信じる信じないは、あなた次第です。」

「…じゃあ信じねぇ、帰るぞ」

しんとした空間におされてなぜか小声で会話をする。日望の冗談に不満が限界にきてよっこらせと立ち上がろうとした。長い間狭いところに詰め込まれていたせいか、足が思うように動かない。少しよろめいて床に手をつくと、想像以上にひんやりとした。

「お前、怖いんだろ」

「なっ…!!」

「今逃げたら、明日怖くて一人で便所に行けない〜って泣きついてきても、昔みたいについていってやらないからな」

「い…いつの話だよ!!てか、誰が泣きつくかよ!!」

「ほら、熊井先生、静かに!…もうすぐ時間だよ」

ぎゃいぎゃいと騒いでいたが、時間が迫っているのを知ると熊井は静かに元に戻った。負けず嫌いの熊井をうまく扱った飛鷹に関心しながら、日望は時計を見ながら小さくカウントを始める。

「10、9、8、7…」

3人はじっと鏡を見つめる。もちろん信じているわけではない。けれどもなんとなく体は動かなくて、熊井は小さく息を飲んだ。月明かりだけがぼんやりと照らす校舎の一角では、何かが起こってもおかしくないと、思っていたのかもしれない。

「6、5、4、3、2、1…」

「0時だ」

「…なんも……ねぇぞ?」

小さく身を乗り出して鏡の方を覗き込む熊井。囮の用具と鏡を何度も繰り返し見ながら、小さく首をかしげた。そもそも、何が起きるというのだろうか。ピカッと光って悪魔的なものが出てくる?馬鹿らしい自分の考えを鼻で笑いつつ今までとうってかわって強気に言い放った。

「くだらねぇ時間をとらせやがって!今度こそ俺は帰るぞ」

「う〜ん」

「おい、熊井、ちょっと近くで見てこい」

なんでそんなこと、と言いながらも、気が大きくなった熊井は素直に言うことを聞いた。行くだけいって、何もありません。それで堂々と階段をおりていけばいいと思いつつ、体を屈伸しながら鏡の前に向かった。

「へんっ!ほら、何もないじゃねぇか!なんだよビビってんのはお前らじゃねぇのか?」

にやにやと2人がいる方を向いて叫ぶ熊井。その挑発にどちらも食いついてこないのがつまらなくて、小さく舌打ちする。その音だけがほの暗い廊下に響いてやっぱり少し、不気味に感じた。

「じゃあ俺帰るから…ん?」

再び鏡の方に向き直ると、わずかな異変に気づく。囮用の楽器がなくなっていたのだ。吹奏楽部から借りてきた(実際にはあるのかないのかわからない校長権限とやらで勝手にとってきたのだが)のはトランペットにサックス、あとフルートが2本。それらがいつのまにかなくなっている。最初の位置からは死角になっていて見えなかったのだろう、確かにここに置いてあったのだ。一気に膨れ上がる不安。とりあえずあいつらに知らせねばと一歩踏み出そうとした瞬間だった。ひたひたと、小さく足音が、した。まだ自分の右足は地を踏み締めていない。自分のでもなく、向こうで隠れている二人のでもないとすれば?

「何だ…?」

大きくのどを鳴らしながら、ごくりと唾をのんだ。ゆっくりと、再び鏡を見る。その瞬間、視界に写った光景が何かを判断するよりも早く、声が先についた

「だっ…誰だ!!!!!」

鏡越しに見えたのは悪魔でもなんでもない、あきらかに人間の手。霊的なそれでないとわかると、咄嗟にその手を掴み校舎内へ引きずり込んだ。

「日望先生!」

「アイアイサー!!」

日望が何やらスイッチを押すと、学校中の明かりが灯る。何が起こったのかと熊井が呆然としている隙をついて、先程捕まえた人間、どうやら成人男性のようだ、は地面を這うようにして逃げ出した。

「俺の学校で、勝手な真似は許さないぞ」

その前を仁王立ちで立ちはだかる飛鷹に、男はひぃと悲鳴をあげた。それをもおかまいなしに男に馬乗りになると、右腕をぐいと捻って拘束する。そこまでの流れは目にも留まらぬ早さで行われたため、男は何の反応をすることもできずにされるがままだった。

「警察が車で大人しくしてるんだな」

「やりましたね校長!」

警察?何が?
日望と飛鷹のやり取りがわからずに熊井はなおもポカンと立ちすくむ。遠くから徐々に近づいてくるサイレンの音を聞きながら、ただただ顔を歪ませることしかできなかった。


◇◇◇◇◇◇◇

「で、なんで俺にだけ言わなかったんだ」

腕を組みながら叫ぶ熊井は不機嫌を押し隠そうとすらしなかった。翌日、事の収拾がついた帆若高校の職員室で、一連の真相を熊井知ることになる。最近学校を狙った物取り事件が多発しているということ、消えた物品が高価なものだけであったことなどから、今回その被害に巻き込まれている可能性が高いと、あらかじめわかっていたというのだ。

「まぁなぜって…」

「おもしろそうだったから」

ねー?と親父二人が顔を見合わせて言うのにイラっとして、熊井は静かに拳を固める。しかしながら、そもそもお前がこの前の会議で話を聞いていなかったのが悪いんだろ、と言われれば何も言い返すことができなかった。確かに、警備の強化がうんぬん言っていたような、気がする。たぶん。

「とりあえず、犯人は捕まったことだし、被害もなかったし、めでたしめでたし、じゃないですか。」

「そういや、楽器。ちゃんと返ってきたのか、よかったな」

とにかく解決したことは素直に喜ぶことにして、授業の準備をしながら熊井はなにげなく言った。しかし二人の顔が曇っていくのを感じて何事かと作業の手を止めて再び見つめ直す。

「それがですね、犯人は『何もとってないぞ』って言ってるんだって」

「は…?だって実際あの時…」

「ああ、確かに置いたよな。でも俺が捕まえたとき、あいつは何ももってなかったし、そもそも窓から入り込んだ瞬間を捕まえたわけだろう?」

「…」

まぁ共犯者がいたのかもなと笑う飛鷹の話を、複雑な心境で聞く。共犯者なんて、ありえない。深夜までずっとあの場で張り込んでいたのだ、気づかないはずがない。それ以前だとしても、学校の電気はしばらくつけたままだったのだ、まだ人がいるとわかっている学校にわざわざ入ろうと思うだろうか?
そしてあの犯人は、確かに侵入の最中だった。それは、引っ張った自分が一番わかっていた。
自然にぶるりと体が震える。これ以上の詮索は警察の仕事だと思いなおして、熊井は再び作業に戻った。今から3階行くのいやだなと思いつつ、精一杯の強がりでじゃあなと職員室を後にする。すぅとひとつ、呼吸を整えて、おそるおそると熊井はその階段をのぼりはじめた。

帆若高校七不思議その1
魔界に繋がる巨大鏡



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かぼちゃパンツ著

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あきゅろす。
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