If you like me


もしもの話をしよう。

例えば一樹が私のことを好きだとしたら私のことを名前で呼ぶんじゃないだろうか。私のことは名前で呼んで月子ちゃんのことは夜久って呼ぶんじゃない?そうならないのはこれがもしもの話だから。もしも一樹が私のことを好きだとしたらもっともっと話しかけてくれると思うんだ。何かあれば私のところに来て楽しそうに話してくれる。そうならないのはこれが仮定の話だから。人間はどうして空想の中では生きられないの?私の中の一樹は私のことを名前で呼んで、楽しそうに私に話しかけてくれてるのに。空想の中で生きられないのならどうして理想を現実には出来ないのだろう?…いつもいつも同じことを自分に問い掛けて、答えはわかってるのにわからないフリをする。答えを探してるフリをしてる。誰か私をそんなことは無意味だと笑ってほしい。私の手を引いて、それは違うこれが正しい答えだと間違いを直して。そして欲を出せばその間違いを直すのは一樹であってほしい。…そしてこれも私の空想だ。本当の答えは私がずっと持っている。哀しいほど現実味のある答えだ。


「なぁ、今度の闇鍋の具は何がいいと思う?」

「夢と希望」

「はいはい、わかったよ」

「冗談を真に受けないでよ……大福以外で」

「そんなに不味かったか?大福」


一樹と私の会話の内容はいつもこんな感じだ。真剣な話はしない、いつもどうでもいいような世間話オンリー。だから私は一樹が留年した理由を知らない。聞こうと思うと一樹は顔を歪ませて話を変える。一度無理矢理聞き出そうとしたら喧嘩になった。それ以来喧嘩するのが怖くて聞けなくなってしまった。桜士郎や誉に聞けばもしかしたら教えてくれるかもしれないけど、そのことが一樹にばれて本気で嫌われるのも怖かった。一樹の過去を知れないのならいっそ離れてしまおうかとも考えたが、一樹は私を離してくれなかった。進むことも引き下がることもできず、宙に浮いたままの私たちの関係。いつになったら地面に足をつけて一樹の隣を歩くことができるのだろう。


「一樹、」

「ん?」

「また一緒に鍋しようね」

「おう」


声になるはずだった言葉は、いつも一歩手前で飲み込まれる。言えないわけじゃない、多分言おうと思えば言える。それを実行できないのは、私の本当にくだらない小さなプライドだ。今の関係に終止符を打ちたいと思うのに壊したくないというわがままなプライド。私の頭の中はいつだって自分が幸せな姿しか映ってなくて、私が泣いてしまうような方向には脳内変換されない。だから今の関係を脱出したら次は恋人になるイメージしかないのだ。なら言ってしまえるじゃないか!幸せな姿しか映ってないはずなのに、頭の隅では私が泣いている。ああ失敗したときの私の姿だ。泣きたくない傷付きたくない…でも、前に進みたい。少しだけ本当に少しだけ、未来へ進みたいと思った。だからきっとこんなことが言えたんだと思う。


「ねぇ…なんで一樹は私のこと名前で呼んでくれないの?」


次の言葉は聞きたくなかった。自分から聞いたのに耳を塞いで逃げ出したくなった。きっと嫌いだからとか別に考えてなかったとか、そんなことを言われるんだと思ってた。だから一樹が言った一言に、私は自分の耳が壊れたのかと思ってしまった。だって、想像してた言葉とはあまりにも違いすぎたから。


「お前が好きだから」

「え…?」


悲しくもないのに涙が出た。いや、悲しいのかな…ずっとずっとその言葉を待ってたから。それから同時に疑問も浮かんだ。好きだったのならどうして名前で呼んでくれなかったの?どうして…留年した理由を教えてくれないの?今なら、聞いてもいい?


「どうして名前で呼んでくれないの?…なんで留年の理由を教えてくれなかったの?」

「…怖かったんだ」


一樹はただ一言、そう言った。いつもの自信に満ちた一樹からは想像できない言葉だった。なにも言わず耳を傾けていると理由を話してくれた。留年した理由と幼い頃の哀しい思い出、私を名前で呼んでくれない理由。


「誰かをこんなに好きになったことがなかったんだ…だから、どう接していいかわからなかった」

「…いつも自信満々なのに、恋愛に対しては少し臆病?」

「それは言うな」

「でも嬉しい…そんなに私のこと好きだったなんて」


一樹は一度私から目線を逸らし、呼吸を整えていた。そしていつもの自信に満ちた表情で笑いながら言った。


「お前が好きだ」


もしもの話をしよう。
もし、一樹が私を好きだとして、告白してきたら私はきっと笑顔で答える。



「私も一樹が好き」



If you like me
(答えはいつも決まってる)





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