影踏み
どこかの家から漏れてくる灯りとか、道端の電灯とかに照らされて、現代の夜は星が出ていなくても道に迷うことはないし、月がなくとも視界が暗闇に染まることはない。いつだって道は照らされていて、そこを歩けばぼんやりとした影が出来る。
会話しながらも振りかえることがない千里の影は長くて私の影が彼の影の中にすっぽりと収まる。
違うんだよ、ふたりぼっちはさみしくないんだ。千里の気配だけが残る寮の部屋にひとりぼっちでいるときより全然さみしくない。さみしくないはずなのに、つい漏れてしまったつぶやきは見当違いな方向に捉えられた。つまり、そういうことなのだ。
千里のことが掴めない。勝手に部屋に入っていた私をどう思っているのか、私の食生活を気にしている風なのにはちゃんとした特別な理由があるんだろうか。並んで歩くんじゃなくて、いつだって後ろを歩いて追いかけて、それでも追い付けない私の気持ちに気付いているんだろうか、とか。読めない、掴めない千里の思考を考えるのはときどき疲れて、そして寂しくなる。ふたりでいるのに、ふたりでいるほうがさみしいと感じてしまうなんて贅沢だろうか。ひとりであの部屋にいるときより、一緒に夜の外を歩けている現状に幸せを感じたっていいはずなのに。人は望みだしたらきりがない。望みは際限なく積み上げられていってしまう。
ふたりぼっちだから仕方がない。
千里はそう思っているんだろうか。私だけがいっしょなのはさみしいんだろうか。私は千里がいてくれればそれで十分なのに。見当違いな答えに悲しいよりも悔しい気持ちの方が大きくなって私は足をぴたりと止めた。
「さみしくない!」
そしてついさっき自分で言った言葉を覆して言いきる。さみしくなんか、ない。さみしいと感じるのは私の勝手な思い込みで、千里の内面がどうかなんてわかるはずがないんだから深く考えるのは疲れるだけだ。
「千里がいるからさみしくないよ」
だから半ば自分に言い聞かせるように、千里の背中に向かって言った。たえず私の足元にあった影が私の足から離れて少し前にある。千里がゆっくり振りかえった。カランと、下駄が中途半端な音を立てる。
「そっか。……そうね。今は名前といっしょだけん寂しくなかね」
不思議そうにしていた顔が次第に納得するものに変わり、優しく微笑んでくれるようになるものだから私は嬉しくなってまた千里の影に足を踏み入れた。
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