start 1 ゆらゆらとバス特有の揺れに身を任せ、俺は目を閉じていた。 それは俺だけじゃなく、パラパラと所々乗っている他の乗客も同じだ。 皆、疲弊仕切っている。 何故ならこのバスは派遣社員の為の送迎バス。 ちなみに20時便。 不況と言われているこの世の中で、俺、こと秋藤宏河(アキフジコウガ)26歳は運良く派遣切りを逃れ、毎日残業という生活を手に入れている。 腹減った、なんて考えているうちに送迎バスはコンビニへ止まった。 バスに乗っているのは家に帰っても誰も居ない独身寮暮らしの者ばかり。 そんな人の為にコンビニに寄って晩飯を買って貰おうじゃないか、という有り難いシステムだ。 皆が降りるなか、俺も一緒に降りる。 そして、降りる際に運転手に「今日もここで」と伝える。俺の寮はここから徒歩5分なのだ。 お疲れさん、っと言う言葉に軽く手を挙げ、店内へと入った。 「いらっしゃいませー」 ゾロゾロと入ってくる客にも慣れたもので、店員は間延びした声で迎え入れる。 「まだ、来てないな」 辺りを見渡し呟いた。そして真っ直ぐに本棚の方へ向かう。 俺はおもむろに一冊の冊子を棚から取り出す。 『Love 文具』 カタログ名はアレだが、スタイリッシュな猫が表紙のこのカタログは最近のお気に入りだ。因みに購入済みで既に家にも1冊ある。 見た目によらず、雑貨好きな俺。 その俺の心を見事に擽るデザインだけに留まらず、機能性も富んでいる文具達… 何度見ても飽きない、且つうっとりするのは何故だろう。 うふふとお花畑が咲きそうな俺を他の客が避けて通るが構いやしない。 何たってLoveなんだし、それに… それにこの本は俺とあいつを結び付けてくれた本だから。 余計に綻ぶ口元を引き締めようとした時、いきなり後ろから肩を組まれ耳元に美声を囁きかけられた。 「こうさん、またカタログ見てるー」 思わず勢い良く振り返り、耳を押さえた。 「あ…旭」 未だ俺の肩に手をやり、してやったり、という笑顔をしているのは神尾旭(カミオアキラ)だ。 俺より顔半分飛び出た身長。 最近の若者の格好。 人懐っこい笑顔。 目鼻立ちははっきりくっきり、なのにしつこくない。 老若男女、コイツを見れば振り返るだろう、そんなオーラも醸し出している。 旭は美形だ。 「顔、真っ赤だよ」 「………誰のせいだよ」 「あ、俺のせいか」 こうちゃん耳弱いからなー、だなんて笑いながら旭は髪をかき揚げる。 軽く伸びた髪は染めてあるためか、重さは感じられない。俺の髪も染めたらそんな風に…と一瞬思ったがそんな訳がない。 無謀にも旭の髪型を被せた自分を想像し凹む。 「あ、今週のランデー買おうっと」 「好きだなー」 俺から離れた旭は、本棚を物色し始めた。 そんな旭を俺は盗み見た。正直に言おう、顔の火照りは消えてやしていない。 仕方ない、老若男女が振り返る美形だ。 「ね、後でご飯食べに行こうよ」 「………ああ」 笑顔でこちらを見て話かける旭。 ………正直に言おう、すっげー胸がキュンとした。だって仕方ない、俺は、秋藤宏河は………神尾旭の事が好きなんだから。 [次#] [戻る] |