start 5 『こうさん、遅くなるんだ』 「う、うん」 やけに旭の声色が硬質的に聞こえるのは、罪悪感のせいか。 俺はじっとりと手のひらに汗をかいているのに気付く。 『じゃ、俺、こうさん家で待ってるねー』 「えっ」 『ダメ?明日授業午後からだし……泊まらせて欲しいんだけどー』 ダメ、じゃない。 嬉しい。 ………けど。 「何時に帰って来るかわからないぞ」 『ん、待ってるよー』 「酔っ払って、吐きまくりかもしんないぞ」 『えっ、だったら余計に俺居た方がいいじゃん。っていうか、明日も仕事なんだから飲み過ぎはダメだよー』 「……………」 何だかイライラした。 俺は旭を諦めたいのに、そんな事されたら期待しちゃうじゃないか。 旭には沙世さんが居るのに――― 心臓がぎゅっと掴まれたように痛い。 「なんで、そこまでするの?」 少し、声が震えた。 「俺と一緒に居たい理由なんて、あるわけ?」 『…り、理由は………、何ていうか……俺っ』 珍しく、旭が言い淀む。 「……旭?」 『俺っ、理由はっ……そのっ』 「うん」 『こうさんがっ……じゃなくてっ!!』 「…………ぷっ」 あたふたしている旭を想像して、少し力が抜けた。 『あっ、こうさん今笑ったでしょー!!』 憤慨する旭に、ケタケタと遠慮無しに笑ってやった。 「だってお前、何言ってんのかわかんねーよ」 『………こうさんのいぢわる……』 「わりぃわりぃ、もう茶化さないから。ほら、落ち着いて言ってみ?」 旭が堪らなく、可愛い。 笑い過ぎて滲んだ涙を拭きながら、優しく聞いてやる。 『……………暇なの』 「暇?」 『皆、バイトやら彼女やらで忙しいとかで、………相手に、してくれなくて』 「そっか、暇なのか」 『そ、……暇なの』 暇なら仕方ない。 沙世さんも、忙しいのだろう。 「………なるべく早く帰るから、な」 『―――うん、待ってるから』 耳元で囁かれてくすぐったい。 もう、涼也の家に行かず帰ってしまおうか。 そんな誘惑に駆られてしまう。 いくら何でもそんな失礼な事は出来ない、けど、すぐに帰ろう。 それも失礼なのだが、そう思わせる程、旭が居る家は魅力的だ。 [*前][次#] [戻る] |