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外の夜はまだ少し肌寒い。着てきた半袖シャツから飛び出した腕をさすった。

今日もバスの運転手に挨拶をし、コンビニへ入る。
入ってすぐ、本棚コーナーへ行くと嬉しい異変に気付いた。

「あ…新しい『Love 文具』が出てるッ!!」

嬉しい、嬉し過ぎる!!
嬉々としてカタログを手に早々とレジへと向かおうとした。

「こうさん、お疲れ〜」
「旭っ!!」

にこにこと満面笑みになった旭が来た。きっと俺も同じ顔。

じゃーん、なんて普段の俺なら絶対に使わない擬音語を言いながら、旭の目の前にずいっとカタログを差し出す。

「出てた」
「あー、そうそう。今日発売だったねー。4ヶ月ごとに新しいの出るんだよ」
「えっ、そうなのか?」
「ふふ、こうさんの目、キラキラしてる」
「ばっっか、キラキラなんて可愛らしいもんじゃねぇ!!爛々だっ!!」

頬ずりしそうな勢いの俺に「だよねー」と言いつつも時計を気にしてる。
よくよく旭を見てみると気付く。顔が少し赤くそわそわとしているのだ。

「何か、あったのか?」
「えー、聞いちゃう??」
「いや、ふつーに聞くだろ」

くふふ、と嬉しそうな旭の様子に俺まで嬉しくなった。

「実はねー、こないだこうさん来れなかった日に……彼女と喋っちゃった」
「へ、へぇー。良かったな」
「うん。彼女ね、上原沙世さん26歳!!と、息子の拓斗(タクト)くん5歳!!」
「…26歳だったんだ。俺とタメだな」

嬉しくなった気持ちが萎み、少し声が弱々しくなるのは仕方がない。
でも、一緒に居る時に話されるよりは良かったかもしんない。
俺の心情を知るはずもない旭の言葉はずっと弾んでた。

「でね、ふふ、こうさん驚くだろなー」
「何だよ?」


「沙世さん、実はシングルマザーなの」


――――――っ!!


「あ、驚いた。だから黙ってたんだよねー」

「俺さ、マジで沙世さん狙う」

「今日もご飯誘ったんだ。あ、でももちろんこうさんも一緒だよー」

「拓斗くんもめちゃいい子でさー」


ヤバい。
ヤバい。
ヤバい。
相当ショックだ。

そんなん、旭が本気だしたら惚れるに決まってるじゃないか。
好き、好きなのに。
見てるだけでも良かったのに。
ああ、でもわかってた。彼女じゃなくても、いつかはこういう日が来る事を。


わかってたんだ。


「こうさん?」

気付けば心配そうな旭の顔が目の前にあった。
慌てて笑おうとしたけど、どうやって笑っていたのかわからない、顔の筋肉が動かない。

「こう、さ…」
「旭にいちゃーーん!!」

ドスンという音と共に心配そうに、怪訝そうに潜められた旭の顔がブレる。

「おわっ!拓斗くん?」

旭の腰に飛び付いたのは、いつも見ていた沙世さんの子供。
そして、慌てて駆け寄ってきたのは沙世さん。間近かに見た彼女は母親に見えないくらい若い、そして俺でも思う。可愛らしい人だ。

「こらっ!拓斗!……旭くん、ごめんなさい」
「全然大丈夫ですよー。あ、沙世さん。俺が前言ってた人でこうさん」

一体俺の何を言ったんだ。
多分ぎこちない笑みで俺は挨拶をした。

「…はじめまして、秋藤宏河です」

くすり、と笑い沙世さんも挨拶をする。

「はじめまして、上原沙世です。……でも、いつもここで見かけたから初めてって感じがしないですよね」
「旭にいちゃん、めっちゃかっこよかったもんね」

向こうもこちらを認識してたらしい。主に旭が目立ってたからだろうが。

「えー、俺かっこいい?」
「うん!ヒーロー戦隊に出てくる人みたい!ママも言ってたよ」
「拓斗!!それは内緒って……」
「マジで!うわー、嬉しいー」

疎外感。
和気あいあい、ほのぼのな空気には俺はいない。

押し黙った俺に気がついたように旭が振り向く。

「こうさん、食べに行こうか」

「行かない」

「え?」

「俺、行かないから。みんなで行ってきなよ」

「でもっ…」

「いいから、な?」

ようやく笑えた。
俺は買う筈だったカタログを戻し、沙世さんに軽く会釈し出入り口に向かう。

何か言いたそうな旭に、「頑張れよ」って呟いた。


その声が届いたかはわからない、けど届いてたら――いいな。


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あきゅろす。
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