start 4 外の夜はまだ少し肌寒い。着てきた半袖シャツから飛び出した腕をさすった。 今日もバスの運転手に挨拶をし、コンビニへ入る。 入ってすぐ、本棚コーナーへ行くと嬉しい異変に気付いた。 「あ…新しい『Love 文具』が出てるッ!!」 嬉しい、嬉し過ぎる!! 嬉々としてカタログを手に早々とレジへと向かおうとした。 「こうさん、お疲れ〜」 「旭っ!!」 にこにこと満面笑みになった旭が来た。きっと俺も同じ顔。 じゃーん、なんて普段の俺なら絶対に使わない擬音語を言いながら、旭の目の前にずいっとカタログを差し出す。 「出てた」 「あー、そうそう。今日発売だったねー。4ヶ月ごとに新しいの出るんだよ」 「えっ、そうなのか?」 「ふふ、こうさんの目、キラキラしてる」 「ばっっか、キラキラなんて可愛らしいもんじゃねぇ!!爛々だっ!!」 頬ずりしそうな勢いの俺に「だよねー」と言いつつも時計を気にしてる。 よくよく旭を見てみると気付く。顔が少し赤くそわそわとしているのだ。 「何か、あったのか?」 「えー、聞いちゃう??」 「いや、ふつーに聞くだろ」 くふふ、と嬉しそうな旭の様子に俺まで嬉しくなった。 「実はねー、こないだこうさん来れなかった日に……彼女と喋っちゃった」 「へ、へぇー。良かったな」 「うん。彼女ね、上原沙世さん26歳!!と、息子の拓斗(タクト)くん5歳!!」 「…26歳だったんだ。俺とタメだな」 嬉しくなった気持ちが萎み、少し声が弱々しくなるのは仕方がない。 でも、一緒に居る時に話されるよりは良かったかもしんない。 俺の心情を知るはずもない旭の言葉はずっと弾んでた。 「でね、ふふ、こうさん驚くだろなー」 「何だよ?」 「沙世さん、実はシングルマザーなの」 ――――――っ!! 「あ、驚いた。だから黙ってたんだよねー」 「俺さ、マジで沙世さん狙う」 「今日もご飯誘ったんだ。あ、でももちろんこうさんも一緒だよー」 「拓斗くんもめちゃいい子でさー」 ヤバい。 ヤバい。 ヤバい。 相当ショックだ。 そんなん、旭が本気だしたら惚れるに決まってるじゃないか。 好き、好きなのに。 見てるだけでも良かったのに。 ああ、でもわかってた。彼女じゃなくても、いつかはこういう日が来る事を。 わかってたんだ。 「こうさん?」 気付けば心配そうな旭の顔が目の前にあった。 慌てて笑おうとしたけど、どうやって笑っていたのかわからない、顔の筋肉が動かない。 「こう、さ…」 「旭にいちゃーーん!!」 ドスンという音と共に心配そうに、怪訝そうに潜められた旭の顔がブレる。 「おわっ!拓斗くん?」 旭の腰に飛び付いたのは、いつも見ていた沙世さんの子供。 そして、慌てて駆け寄ってきたのは沙世さん。間近かに見た彼女は母親に見えないくらい若い、そして俺でも思う。可愛らしい人だ。 「こらっ!拓斗!……旭くん、ごめんなさい」 「全然大丈夫ですよー。あ、沙世さん。俺が前言ってた人でこうさん」 一体俺の何を言ったんだ。 多分ぎこちない笑みで俺は挨拶をした。 「…はじめまして、秋藤宏河です」 くすり、と笑い沙世さんも挨拶をする。 「はじめまして、上原沙世です。……でも、いつもここで見かけたから初めてって感じがしないですよね」 「旭にいちゃん、めっちゃかっこよかったもんね」 向こうもこちらを認識してたらしい。主に旭が目立ってたからだろうが。 「えー、俺かっこいい?」 「うん!ヒーロー戦隊に出てくる人みたい!ママも言ってたよ」 「拓斗!!それは内緒って……」 「マジで!うわー、嬉しいー」 疎外感。 和気あいあい、ほのぼのな空気には俺はいない。 押し黙った俺に気がついたように旭が振り向く。 「こうさん、食べに行こうか」 「行かない」 「え?」 「俺、行かないから。みんなで行ってきなよ」 「でもっ…」 「いいから、な?」 ようやく笑えた。 俺は買う筈だったカタログを戻し、沙世さんに軽く会釈し出入り口に向かう。 何か言いたそうな旭に、「頑張れよ」って呟いた。 その声が届いたかはわからない、けど届いてたら――いいな。 [*前][次#] [戻る] |