リク6 その2
「とりあえず生2つ。あと漬物の盛り合わせとシーザーサラダ。栄太郎は?」
「鳥のから揚げと揚げ出し豆腐」
「んじゃそれで」
「はい、ありがとうございまぁす!」
注文を取ったお嬢さんが元気よく頭を下げて去っていく。
前も来たけどやっぱりこの店の対応好きだなぁ。
「初めて来たけど意外と落ち着いた雰囲気なんだな」
「だろ? この店ちょっと値段は高いけど飯は美味いし接客もいいから気に入ってるんだ」
「いや、そうではなく。居酒屋に来たのが初めてだ」
「へ?!」
美味しそうな肴を探す為メニューを見ていた俺は慌てて顔を上げた。
真面目な顔で意外な事を言い始めた栄太郎の顔をマジマジと眺めるが、どうやら嘘をついている訳ではない様だ。
「……まじか、この箱入りめ。じゃあ自宅で高価なワインとか飲んでんの?」
「そうだったらいいんだが、飲む時は接待がほとんどだ。仕事中だと思うとどうにも美味くない」
俺からすれば無茶苦茶偉くて苦労なんかなさそうに見えるけど、偉い人には偉い人なりの苦労があるようで、栄太郎は自嘲気味に笑ってみせる。
高い酒を飲んでいるだろうにもったいない。
「そういうもんかね、俺はただ酒だと思うと超美味いけどな!」
「バーテンダーだったか?」
「仕事? そうそう、まあバイトだけどな。お客さんのおごりでいい酒飲ませて貰うと得した気分」
「今度家でなにかカクテルでも作ってくれ」
「出張費いくら出す?」
「おい」
ニヤリと笑えば栄太郎が痛くないように額に手刀を当てる。
触れた部分から感じる体温は暖かくて、なんだか柔らかい雰囲気で凄く心地いい。
「ははっ、嘘嘘! 材料だけそろえてくれたら道具は借りてもいいし、作ってやるよ。味の保障はしないけどな」
「ん? 作ってるんじゃないのか?」
「最近始めたばっかだもん、まだ基本の数種類しか作れねぇ。あ、栄太郎を実験台にすればいいのか」
「碌な事を考え付かんな、お前は」
栄太郎は呆れたようにため息をついたけれど、きっと練習したいと言ったら付き合ってくれるだろう。
なんだかんだ面倒見のいい奴だ。
「生お待たせしましぁたー!」
「お、来た来た。乾杯しようぜー」
「何に、だ?」
「んー……、2週間ぶりの再会に?」
ジョッキを持ち上げてクッと前に突き出すと、栄太郎もそれに付き合ってジョッキ同士を軽く当てた。
キィンと高い音がして手に軽い痺れが伝わる。
「「乾杯!」」
白い泡に口をつけ、そのまま半分ほどビールを飲み干した。
いくら外気が寒くてもビールはキンキンに冷えてる方が絶対に美味しい。
喉を滑る炭酸の感触は爽快で、心地よさのままにぷはぁと息を吐く。
「あ゛ー、うまぁっ。なんで生ビールこんなに美味いだろ! 缶ビールも飲むけど絶対生の方が美味いもんなぁ」
「あまり飲んだ事が無かったが確かに美味いな。軽くて飲み易いし、後口もいい」
「だよなだよな!」
一緒の気持ちなのが嬉しくて、充実した気持ちのままジョッキを傾ける。
このままだとつまみが来る前に1杯飲み干してしまいそうだけど、栄太郎の奢りだし気にしない。
俺がビールの1杯2杯多く飲んだくらいで軽くなる財布でもないだろう。
「口の周り」
「え?」
「口の周りに泡がついてる」
スッと伸びた手が俺の唇の上に触れ、縁をなぞるようにして泡を拭っていく。
それはとても何気ない仕草で、何かを意識したものではない。
なのに俺の身体はゾクリと震え、さっきビールを飲んだばかりなのにカラカラに乾いていく。
「……尚幸?」
「へっ? え、あ、うん! 何?」
「顔、真っ赤だぞ」
「酔ったの!」
自分で言っても苦しい言い訳だ。
これで騙される奴なんていやしない。
「ふぅん、そうかー、酔ったのかー」
流石の栄太郎も気付いているのか、ニヤニヤと口元にいやらしい笑みを浮かべている。
くそ、いつもは鈍いくせにこんな時ばっかり気づくなよ。
「こんなに真っ赤になるほど酔ったら家になんて帰れないな?」
「んあ?」
意味を図りかねて首をかしげた俺に栄太郎は意味深に笑い、指についたビールの泡をペロリと舐める。
指の付け根から舐めあげる舌の動きは卑猥な何かを連想させた。
「危なくて1人で帰すなんて出来ないだろう?」
栄太郎の瞳に宿った雄の欲求を肌で感じ、腰に熱が溜まるのがわかる。
世の女性は男にこんな目で見られているのだろうか?
こんなにもあからさまに欲を見せつける相手に好意を持っていたら絶対気持ちが傾いてしまう。
「……いっやらしい、俺の身体目当てなんだわぁ」
恥ずかしさを誤魔化すように軽口を叩いた俺の足に柔らかく何かが触れた。
それは明確な意図を持って俺の下肢をぐにぐにと弄る。
意外とコイツ足癖が悪い。
つか本気で勃っちゃうからやめれ。
「身体『も』目当てだ」
ゾクゾクと痺れるような甘い声に耳から犯されるようだ。
どうも俺はこの声に弱い。
栄太郎から与えられる快楽を知った身体は期待して熱を持ち始め、足の先をもじもじと蠢かせる。
大体ここは居酒屋の中だっつーのに無茶苦茶だ。
「……変態」
「嫌か?」
尋ねておきながら余裕の表情なのがむかつくわ。
自信たっぷりか、この野郎。
「……、好きですけど?」
否定出来ないんだけどね、くそっ。
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