リク5 その4
母さんが淹れてくれたお茶を飲みつつ、龍海さんが買って来てくれたお土産のお菓子を摘む。
ほろりと口の中で溶ける甘い味に、思考がうっとりと蕩けてしまいそうだ。
「そういえば父さんは?」
「畑に行っちゃった」
「また? もう、ちゃんと今日行くって連絡したのに」
「しょうがないわよ、父さんの唯一の趣味だもの。兎織も父さんの作った野菜を食べてるんだから文句言わないの」
母さんはカラカラと気にした様子もなく笑う。
小さい頃、父さんは農作業に集中してばかりで母さんに対してそっけないと感じていた。
でも今なら少しだけわかる。
作った作物を母さんに渡す、それは父さんなりの愛情表現なのだ。
まあ、それ以前に本人の趣味もあるのだろうけれど。
「兎織の家は農業に携わっているのか?」
隣に座っていた龍海さんが不思議そうに尋ねるのを、軽く首を振って否定する。
「いえ、普通のサラリーマン家庭なんですけど、父親の趣味が高じて趣味とは思えないぐらい大きな畑で野菜を育ててるんです」
「健康的でいい趣味だな。実益もある」
「そうそう、父さんの作る野菜は美味しいのよ」
「それは頂いてみたい」
「今度兎織の所にでも持っていくから是非食べて頂戴。大家族だけど家だけじゃ消費出来ないぐらいたくさん出来るのよ」
龍海さんに褒められて母さんは声のトーンをちょっぴり上げた。
心なしか頬も紅潮気味だ。
「父さんの趣味だからもう諦めたけど、せっかく龍海さんが時間を作って来てくれたのに……」
「結婚するんでしょ? いいんじゃない」
母さんはまるで洋服を見繕うような気軽さで、僕と龍海さんの結婚を了承する。
反対されたかったわけではないけれど、あまりにもあっさりしすぎていて拍子抜けだ。
「彼はいい人そうだし、兎織も彼と結婚したいと心に決めてるんでしょう?」
「……うん、龍海さん以外は考えられない」
自分に誓うように言葉を紡げば、ジワリと現実感を持ってくる。
長い人生を共に歩むのは龍海さんがいい、龍海さん以外じゃ嫌なんだ、と。
「真名も聞いたのね。私にはなんて名前だかわからないけれど、なんて呼べばいいのかしら?」
「あまり名称で呼ばれた事がないからなんとも……、『りゅう』でも『たつ』でもなんでも好きなように呼んで貰えれば」
確かに彼は龍の方であり、気軽に名前を呼ばれるような立場に居ない。
僕も年神の引継ぎがなければすれ違う事すらない、雲の上の人だ。
(龍海さんの高貴なイメージを表し、かつ響きのいい名前……)
なまじっか名前を知っているモノだから良い名前が考え付かずウーンと唸る僕を尻目に、母さんはポンと1つ手を打つと晴れ晴れしい声で宣言する。
「じゃあ『たっちゃん』ね!」
「えっ、そんな気軽な名前で呼ぶの?!」
実際の名前も龍海だから『たっちゃん』で間違ってはいないのだけれども、龍海さんがたっちゃん。
ちらりと横目で龍海さんを見るが、やはりたっちゃんという雰囲気ではない。
「私はまったく構わないが?」
「ほ、本当にそれで呼ばれちゃうんですよ?!」
「ああ」
「そうよ。可愛いじゃない、たっちゃん。それに呼びやすいわ」
「でも、でも龍海さんはすっごく偉い人で……」
「関係ないわ」
慌てふためく僕を母さんはぴしゃりと言葉で遮った。
荒い口調だった訳でもないのに、気圧されるような強さを持った声は僕を一瞬で黙らせる。
「だって義理とはいえ私の息子になるんですもの」
にっこりと笑ったその顔は確かに今年で5×歳のおばちゃんなのに、とても綺麗に見えた。
あふれる自信がそう見せるのか、はたまた僕の目がおかしくなったのか。
「認めて貰えたのなら」
「私はたっちゃんの人柄なんてわからないし、認めるなんて出来るほど偉くもないわ。でも兎織が選んだ人だから信じる、それだけよ」
「母さん……」
あ、涙が出そう。
悪い涙ではないけれど、大の大人がそんなに泣いては恥ずかしい。
泣く前独特の目の奥が熱くて鼻の奥がツンとする感触に慌てて涙を押さえ込む僕に、母さんは笑いながら言った。
「まあ兎織は騙されやすそうだけどね!」
「母さん?!」
「ああ……、それは確かに」
「龍海さんまで?!」
母さんの言葉に同意して深く頷く龍海さん。
初めて会ったばかりなのに、なんでこんなに息ピッタリなの?!
「変なセールスに引っかからないように見張っていてね?」
「承知した」
「2人して酷い!」
そんなに頼りないつもりはないのだけれど、なんでこうも心配されてしまうのか。
自炊もするし、掃除も洗濯も毎日ではないにしろちゃんとしている、1人で生活している大人なのに。
「兎織、アンタ晩御飯食べていく?」
「……食べていく」
「じゃあたっちゃんのお茶碗も用意しないとね。父さんの作った野菜で作った料理いっぱい作るから、期待しててね」
そう言って母さんは僕ではなく龍海さんに笑いかけた。
龍海さんもニコリと微笑んで綺麗な仕草で頭を下げる。
「ありがとうございます、楽しみです」
不当な評価は不本意だけど、龍海さんが家族に受け入れられて凄く嬉しい。
ちょっとだけ勇気を出して机の下で龍海さんの指をギュッと握ると、龍海さんも僕の手を包むように握り返してくれた。
伝わる熱のように僕の気持ちも伝わってくれればいい。
僕は今、とても幸せだと。
pop様リクエストありがとうございました!
エロが薄々でほぼ皆無という状況になってしまい申し訳ないですが、ラブだけはいっぱいに詰めたので楽しんで貰えたら嬉しいです。
そのうち兎織の弟妹と一緒に過す話も書いてみたいです。
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