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リク5 その2
懐かしい……、というほど久しぶりでもない実家はその姿を見るだけで何故か落ち着く。
大して大きくもなく一般的な家だけど、家族と僕が過ごした大事な我が家。

「ここが兎織の家か」

「はい、いらっしゃいませ! 龍海さんにはちょっと狭いと思いますけどくつろいでいって下さいね」

「ありがとう」

ニッコリと笑った龍海さんに僕も笑い返した。

ドアの前に立ってチャイムを押そうとした僕の指はピタリと止まる。
結婚を反対される事は無いだろうけれど、一生に一度しかない結婚の報告に僕の心臓はドキドキと跳ねた。

「兎織」

「はっ、はい!」

背後から声を掛けられて耳がビッと上を向く。
裏返った声が出てしまい恥ずかしい。

「私が言うのもなんだけれど、そんなに緊張しすぎては疲れてしまう」

「う……、はい。で、でもなんか緊張しちゃって……」

「兎織だけでも平静で居てくれ」

「え?」

僕、だけ?

不思議に思って聞き返した僕の手にスルリと絡んだ龍海さんの指。
それは微かな震えを僕の指に伝えた。

「あ……」

「柄にもなく緊張しているんだ」

いつも穏やかで凛としている龍海さんがとても珍しく緊張している。
その事態は僕に驚きと同時に、何故か親近感を感じさせた。

「龍海さんでも緊張したりするんだぁ……」

「情けないだろう?」

首をブンブンと振ると龍海さんの言葉を否定する。
頭を振りすぎて耳の先が少し冷たい。

「いえ! あの、逆に安心しました。いつもみたいに僕だけ慌てちゃってるんだと思ったので、なんか嬉しいです」

「兎織と同じか、それなら私も安心だな」

「はい。あ、でも普段は冷静で居てくれると助かります。僕はそのぅ、そそっかしいので」

「ふふ、了解した」

重くなっていた気持ちが龍海さんと話しただけで不思議と軽く変わった。
龍海さんはいつも僕に元気をくれる。
僕も龍海さんにとって元気を与える存在であったなら嬉しい。

その場でスーハーと深呼吸をすると、意を決してチャイムを押した。



「でけぇー!」

「こ、こら!」

チャイムの音にドタバタと足音を立てて駆けつけた弟は、扉を開けて龍海さんを見るなりいきなり失礼な言動で僕は慌てた。
母さんには事情を話したものの、母さんは弟妹達に事情を伝えていなかったのだろう、迎えてくれた弟は僕以外の人が居るとは思っていなかったようだ。

「兎織兄ちゃんの友達? すっげー、超でけぇ!」

「こら、お客さんに失礼な事ばっかり言ってるとお土産上げないからな!」

「えっ、やだ!」

弟は慌てて扉を開けて玄関の中に入ると行儀悪く足で靴を整える。
とても見慣れた我が家の光景ではあるのだけれども、龍海さんの前ではものすごく恥ずかしい。

(うわぁ、もうちょっとまともに出迎えて欲しくて前もって連絡したんだけど、母さん)

きっと僕の顔色は赤く青くカラフルに変わっている。
ああ、どうしてこう、格好良く決めたい所で締まらないんだろう。

「いらっしゃいませー」

お土産欲しさにニパッと笑って出迎えた弟の笑顔は罪がなく、怒ることも出来ない。
僕と弟を交互に見た龍海さんは感心した口調で頷きながら言う。

「ふむ、兎織によく似ている」

「それ、この様子を見た後じゃ嬉しくないです……」

額を押さえてうつむく僕に、龍海さんは楽しそうに笑った。
恥ずかしいけれど龍海さんが笑ってくれるならいいかな、なんて。

「兄ちゃんお土産は、お土産は?! お菓子、ケーキ? アイス?」

「あっ、兎織お兄ちゃんだ! お帰りなさい」

「兄ちゃんお帰りー! なになにお菓子?」

ぴょんぴょんと僕の周りを跳ねる弟の楽しそうな声を聞きつけたのか、他の弟妹も集まってくる。
その目的は僕が持ち帰るお土産だとしても、元気そうな様子が見れて嬉しいと思ってしまう兄心。

「ただいま、とりあえずお客さんが居るから後で……」

「いや、先に渡してしまおう。少し重いから気をつけて持ってくれ」

龍海さんが持っていたお土産を弟妹に渡すと、全員がその荷物を協力して持ち上げる。
実際は協力してというよりは中身に興味津々で我先に開けたいだけなのも知っているのだけれども。

「わぁ、重い! これなに?」

「クッキーやマドレーヌ、フィナンシェなんかが入っている」

「ふぃなんしぇ? 兎織兄ちゃんふぃなんしぇって何?」

聞かれたものの僕にもよくわからない。
食べた事はあるのだけれども説明するのに適した言葉が
見つからなかった。

「あー……、凄く美味しいお菓子」

「やったー! ねぇ、食べていい食べていい?!」

無邪気にはしゃぎ始めた弟妹は贈り主である龍海さんに興奮気味に尋ねる。
彼が優しい笑顔を湛えて頷くと、歓声を上げて奥の部屋に駆け出した。

「ちゃんと人数で分けてから食べるんだぞ!」

「「「はーい!」」」

まったく返事だけはいいんだから。

「比較的日持ちする菓子を選んだんだが、必要ない気がするな」

「家だと食べ物の消費はあっという間ですからね」

「これだけ喜んで貰えると贈りがいがある」

「……定期的に実家に物を送るのは止めて下さいね」

僕にプレゼントと称してとても高い物品を贈ってくれたのは記憶に新しい。
嬉しくない訳ではないのだけれ、プレゼントなんて誕生日か特別な日にしか貰う事のない僕にとって、嬉しさよりも申し訳なさが先にたつ。

「先に釘を刺されてしまったな」

「龍海さんはサービス精神旺盛すぎます」

いつもじゃなく時折貰うぐらいが僕や僕の家族の身の丈にあっている。

それに弟妹達は知らないけれど、あのお菓子……。

(あれだけで数万円以上するんだよね)

量が多いのもあるけれど、龍海さん御用達のお店で購入したお菓子は値段の桁が違う。
購入前なら止めたのだけれど、すでに購入済みだった為ありがたく頂戴する事にした。

「いいなぁ……」

「兎織が食べたいなら家に来ればいい、いつでも用意しておこう」

「……それってなんか、下心ありですか?」

「勿論だとも」

意地悪く聞いた僕に龍海さんはゾクリとするほど妖艶に笑う。
その表情はたとえ罠だと判っていても飛び込まずに居られない、そんな心を引き込まれる笑みだった。



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