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リク4 その2
「奥さん? ここには来てないけど、どうしたん?」

「居なくなった」

手分けをして探す為に朝日と分かれて1番日向が来ている可能性の高そうな医者の所に来てみたものの、やはり日向は来ていないらしい。
日向に頼まれて嘘をついている可能性も考えて、注意深く様子を観察しみるが嘘には見えなかった。

本気でコイツに嘘を吐かれたら見破れるかどうか怪しい所ではあるのだが、夫婦喧嘩に巻き込まれた程度なら楽しげにニヤニヤするだろう。
だが今は本気で驚いたような表情をしている。

つまりそれは事実で、
日向は居なくて

「……邪魔をした」

「ちょ、ちょい待ち!」

踵を返した俺の腕を医者が掴む。

振りほどく事は簡単だが、ギュッと込められた力は有無を言わせず制止を求めていた。

「なんだ」

「お前何処を探すつもりだよ?」

「森」

「居る訳ねぇだろ」

「……何でそんな事がわかる」

自分でも威圧的だとわかるほど、低く声が響き窓ガラスをビリビリと揺らす。
強者からのプレッシャーは身体に感じる程の圧力となり、それほど能力の高くない医者の表情を曇らせた。

「考える事を放棄したら絶対に見つからねぇぞ?!」

「……」

「そもそもの原因はなんなんだよ」

「口論だ」

「どうせお前が奥さんを怒らせたんだろ?」

はぁ…とため息をついた医者が、呆れを含んだ視線を送る。
コイツも朝日と同じような事を言う。

「俺はそんなに日向を蔑ろにしているか?」

「蔑ろとは違うし、大事にしてるのはわかる。……だけど全否定してる」

「全否定?」

「自分の力に怯えてるだけに違いない、目を離せば逃げ出すに違いない、自分を愛する筈が無い」

ぐさり、
ぐさり、ぐさり

医者の言葉にそんなはずはないと否定しようとするが、口からは息が零れただけで言葉は出なかった。

心のどこかで常に自分は思い続けている。

(日向に、俺は、必要ないのではないか?)

「否定出来ないだろ」

「…………」

「言葉にしなくても相手には伝わるぞ? 奥さんはお前が思っている以上にお前の事をちゃんと見ているからな」

そんな事を言われても、何度も打ち消そうとしてなお湧き上がる疑念は消しようが無い。
それでも情けなく日向に縋るよりはマシだと思う。

「あのさ、もしかして喧嘩の原因ってジャムか?」

「あ」

ふと感じた違和感を思い出す。
そうだ、あのジャムは日向が持ってきて、それで……。

「そうだ。日向が作ったと言って……」

「お前、そんな事しなくていいとか言っただろ」

「言った」

医者が芝居がかった仕草で顔を覆い、空を仰ぐ。
はぁ…と吐いたため息は先程よりも深く、そして俺に対して強い呆れを感じさせた。

「馬鹿だろ、お前」

「唐突に何を……」

「あれは、奥さんが、お前に作ったの!」

「は?」

日向が?
何故?

「お前があんまり甘い物を好きじゃないけど、身体動かすのが本業で甘い物は即エネルギーになりやすいだろ? 好きな物入れたら美味しく食べられるかもって俺に色々聞いて試してたんだよ」

「そんな事、日向はなにも……」

「奥さんが言う前に否定したんだろ、この馬鹿」

医者が軽く手を振り上げると、俺の頭をパシンと叩いた。
それほど強さは無いけれど何故か酷く痛く感じる。

それにしても今日はよく叩かれる日だ。

「奥さんなりにお前の為に頑張ってるんだから否定してやるなよ」

「だが……」

「奥さんが嫌々やってるなら止めても良いけどさ、アレはお前に喜んで欲しくてやったんだ。素直に喜んでやれよ」

医者の言いたい事はよくわかる。
努力した事は認められてこそ伸びるし、俺が喜ぶ事で日向も喜んでくれるならそれは悪い事ではないのだろう。

それでも俺は認めたくない。

「日向がなんでも出来るようになった時、俺の存在価値はなんだ?」

「はぁ?」

「今は移動にも生活にも俺の手が必要で俺を頼ってくれるけれど、日向に俺が必要なくなった時俺はどうすればいい? 俺は喜べない、日向が物事を覚える度に別れを意識してしまう」

何度考えても答えの出ない問いを医者に尋ねる。
頭の悪い俺の変わりにコイツなら答えてくれるのだろうか?

「ったく、悲しいぐらい俺の弟は馬鹿野郎だな」

医者はすっと手を伸ばし、俺の髪の毛をクシャリと撫でる。
冷たい指先が髪の間をスルリと滑って頬を掠めた。

「奥さんはきっとそんなお前でも受け入れてくれる。心配すんな」

「だが何処にも居ない……」

「本気で言ってんのか?」

「どういう事だ?」

「奥さんが居なくなってから時間は経ってないんだろ? じゃあ住処の外で死ねる訳が無いし、住処に近ければ誰かが救出してる筈だ」

「確かに」

「時間的に住処の中、その間で奥さんの気配を完璧に消せる状況を『作り出せる人物』なんて限られてるだろ」

「人物?」

不審者がここに入り込めば直ぐに気付くはずなのに全く気付かなかった。
それはすなわち内部の人物の犯行である事だ。

「だが特異な存在ではあるが、一族で1番位の高い日向に逆らえる人物がいるか?」

「察しが悪いな、深夜になっても寝付かない俺達がよくやられてただろうが。気配も意識も失って朝まで昏睡するようなひでぇ手段で寝かしつけていた人が」

「……あの人か!」

飄々と笑う顔を思い出し、奥歯をギリッと噛んだ。

そして同時に首の後ろがズクンと痛む。
首筋に食らった手刀の痛みは今も鮮明に記憶に深く刻み込まれているらしく、背中をツゥと冷や汗が伝った。

(もしかして日向も?)

考えたくない想像に、俺は慌てて走り出した。



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