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リク4 その1
何が原因で怒らせてしまったのか俺にはサッパリわからないが、日向はキッと釣り上げた瞳で俺を睨む。
その手に握られたサンダルはすでに俺の頭を叩いた後だ。

そんなに素早く動けないはずなのに、どうしても日向のサンダルだけは避けられない。

「馬鹿にしてるのか?」

「してない」

「してるだろ! 俺の考えなんか全然気にしてない、何でも自分の思い通りになると思ってる」

「……ある程度は自分の思い通りに出来るだけの力があるとは思っている」

「俺もその一部かよ」

日向はギュッと握った拳をテーブルに打ち付けた。
ジャムの入った小さな瓶がコロコロと転がってテーブルにシミを作り、甘い匂いが周囲に広がる。

(思い通りなんてならない癖に)

この世で1番思い通りにしたい存在は、全く俺の思い通りになどなってくれない。

誰の目にも触れさせず閉じ込めてしまいたい
俺だけを頼って、俺だけを見て欲しい

本当の意味で俺が1番食べてしまいたい存在が日向だと思う。
そうすれば他の誰に干渉されることもなく、自分の全てが日向に近づく。

だけど日向が話す事も俺に触れてくれる事はなくなってしまう。
きっとそれに俺は耐えられない。

どうやっても完璧に手に入らない存在だからこそ惹かれるのか?
今だに理由などわからない。

ただ今こうやって怒っている顔を見ても沸いてくる感情は、ただひたすらに日向が愛おしいという感情のみ。
それどころか睨みつける視線が自分に向いていることだけで満足してしまう。

日向の気持ちが自分に向くなら負の感情でもいい。
きっと俺は壊れている。

「もういい」

握り締めていたサンダルを地面に叩きつけると、乱暴な仕草で日向はサンダルを履いた。

「出かけるのか?」

「家出する」

「そうか」

日向の家出は今までにも数度あった。
大体が医者の家に厄介になりに行くだけの微笑ましいものだ。

だがたまに自力で出られない場所にまで入り込み、俺の助けが必要になる。
何故わざわざそんな所にという場所に入り込む日向は不器用なのか器用なのか、今もって謎だ。

心配する気持ちもあるが気配で探せるのもあって、今回もダンダンと荒い足音を立てながら出て行く日向を見送った。
バァンとしまったドアに向かってため息を吐く。

「父さん、また母さんを怒らせたの?」

「俺が原因と決め付けてくるな」

「父さん以外原因ないじゃん」

どうやら決着がつくまで待っていたらしい朝日が、苦笑交じりに部屋に入ってくる。
勝手に人を悪者にしてくる息子をギロリと睨むが日向に似て俺の睨みなど効果の殆どない朝日は、転がった小瓶を拾うと指で掬いジャムを舐めた。

「母さんは短気だけど怒ってる時は割と筋の通った怒り方するよ?」

「そう、か?」

「悪い事をしたから怒る、何度言っても改善しないから怒る、心配をかけたから怒る。大体この3パターンだもん」

「じゃあ俺が何かしたとでも言いたいのか」

「なんかしたんでしょ」

確信を滲ませた朝日の言葉に自分の言動を思い出してみようとするが、会話もいつも通りで何が日向の逆鱗に触れたのか全くわからない。
ほんの少しの違和感が頭の隅を何かが掠めるけれど、その糸口はひらりひらりと蠢き捕らえる事が出来なかった。

「父さんは無神経すぎるの」

「お前が言うな」

「じゃあ誰が言うんだよ、母さんが言っても聞かないから怒らせてるんでしょ?」

今度は朝日が俺を睨んだ。
力こそ俺と変わらないまでになったがいまだに実戦経験不足の朝日はまだまだ俺に適わない。
争えば負けるとわかっているのにこちらに対して喧嘩腰なのは、日向を怒らせた事を朝日なりに怒っているのだろう。

「相手の為だと思って感情を押し付けたら、母さんが潰れちゃうんだからね」

ぶっきらぼうに呟いた朝日の言葉はグサリと自分に刺った。
依存している自覚はあるし、日向自身受け入れ幅の大きいほうではない。
日向が頑張って受け止めてくれているのもわかっている。

「んで、父さんのするべき事は?」

「……迎えに行って来る」

「そうしてあげて」

息子に諭されたようでバツが悪いが、俺の言葉が足りないかなにかで日向を怒らせたのは事実なのだろう。

迎えに行こうとドアノブに手をかけた瞬間、頭からつま先まで一気に血が下がった。
急減に体温が失われ、言い知れない不安に襲われる。

違う
そんな事があるはずが無い
勘違いだ

だけどどんなに否定してもそれは否定出来ない事実で。

「父さん? どうしたの?」

急に動きを止めた俺に朝日が不安そうに声をかけた。


「日向が居ない」


朝日と話していたほんの数分の間に自分の感覚の届く範囲から日向の存在は忽然と失われてしまった。
一族と違って気配を隠せない日向を知覚出来ないなんて今まで無くて、それは日向が『居なくなってしまった』事実に他ならなくて。

最悪の事態が頭をかすめ、胃が暴れる。

何故見つからない?
どうしていない?

どこにいってしまった?

「父さん!」

パァンと高い音を立てて頬に走る衝撃に、次第に正常な意識が戻ってくる。
手加減が無い朝日の一撃にクラリとするが、正直今はありがたい。
痛みでもないと平静を保てそうに無かった。

「ボーっとしてる場合じゃないでしょ!」

「スマン」

勢い良く扉を開け放つと、2人で外に飛び出す。
もし意識を失っている状態だとしたら、日向は助けを必要としている確立が高い。

(無事で居てくれ…!)

足元からジワジワと侵食してくる不安に、話し合う事をせず怒らせてしまった事を激しく後悔した。



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