1.灼熱
《コンコン》
「寿、具合どお?」
ぼんやりした頭にノックの音すらギンギン響く。お袋の声で目覚めるなんて何時ぶりだろう。返事をしようにも声が枯れて出てきやがらねぇ。
「入るわよ」
ああ…入って来なくていいのに。
見られちゃまずいモンだってあるってのに……。俺は重い瞼を開かせて小さく咳をしてみせる。
《カチャ…》
「あらぁ散らかってるわねぇ。ちゃんと掃除しなさいよ?」
ブツブツ言いながら俺の横たわるベッドの前へ立つと、そっと俺のデコに触れてくる。
「熱が引かないわね……バカは風邪ひかないっていうけど、ありゃ嘘ね」
ははっと目を細めて笑いやがる。
「…うるへぇ」
瞼を閉じ、唇をとがらして言う。
…確かに俺としたことが情けない。基礎体力すらなってないってことか。湯冷めしたぐれぇで熱出すとは…。
まぁ小さい頃から体が丈夫なわけではなかったからな。それもこれも全ては宮城のせいなんだが。
お袋は、俺の頭の下に新しい氷枕を入れ替えると、布団をかけ直しながらこう言った。
「ああそう言えば…さっき宮城とかいう男の子から電話があってね」
「何っ 宮城?」
思わず上体をもたげて繰り返した。
「うん。なんかあとでお見舞いに来てくれるみたいよ?」
来なくていい。いやむしろ来られるとマズい。俺の貞操が危ない。
「…で?いつ来んだよ…」
俺はお袋を睨みながら問う。
「さぁ…もうすぐ来るんじゃない?やけに慌てた感じだったし」
まさか…最悪だ。こんな最悪な事態は有り得ない。
ここ何日かで俺はすっかり宮城に対して怯えていた。まさしく貞操の危機…。
ふと俺は部屋の壁にかけられた時計に目を遣って吃驚した。
8時すぎ…。勿論夜の、だ。こんな時間まで寝てたってのか…?学校は?部活は?
ああああ…こんな大事な時に練習を休むなんて俺のプライドが許さない。
ますます置いていかれちまう。ただでさえブランク大きいってのに…。
どうりで薄暗いはずだ。
部屋の明かりが煌々と点いているだけで窓の外には闇が迫っている。
お袋は「イイ友達できて良かったじゃない」と無責任な言葉を残して俺の部屋を後にした。
この言葉には「悪い友達と縁が切れて良かったわ」ってのも含まれる。
そしてお袋は、妹と2人でどこかへ出かけて行った。親父は出張中で家には帰らない。要するに最悪な事態には最悪が重なるわけで…俺の貞操の危機はいよいよ本格的な不安へと変わった。
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