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さっきから三井の体温がすぐそばで感じられ、触れるか触れないかの微妙な距離が歯がゆく感じる。エレベーターが動き出し、静けさを割って機械的な音が足元から響いてくるが、それさえなければ三井の鼓動も息づかいも聞こえてきそうなほど、流川の心のなかは静まり返っていた。
逆に言えば三井にも聞こえてしまうかも知れない。さっきから急上昇していく胸の高鳴り…流川は別のところで平静ではない様子。

そんな流川を後目に、三井は先ほどからキョロキョロと辺りを見回している。

「先輩?」

「ん?あ…いや、やっぱ噂は噂だったなって…。」

そうか?今のアンタの挙動不審ぶりはそんな風には見えない。

「ぷ。」

流川はあの嫌み満載の半目で前を向いたまま小さく零した。

「あ、今笑ったか?笑ったな?」


当然の様に気分を害す三井ではあったが、正直なところ、怖い。
流川もそれは先ほどから三井の様子を見る限りでは承知済み。その上で三井に執拗なまでの茶々を入れないところは流川なりの配慮らしい。最も相手が桜木となれば話は別だろうが。
三井に呆れるよりも、2人きりであることには何の意識も持たない三井に対して少し安堵したのもある。

変に意識されてはこちらとしてもヤリにくい、と言うところだろう。
ナニをヤるかは別として、一瞬空気が緩んだその時。


フッと天井から心許なくも頼りの光を放っていた蛍光灯の点滅が消えた。途端に辺りは真っ暗になり2階、3階へと着く度に外からの光がエレベーター内へと差し込むばかりで一瞬何が起きたか思考が止まった。


「あ?!なんだ?!」


その突然の予期せぬハプニングにまずは三井が声を荒げる。



「たま切れじゃねぇスか?」


汗ばむ空気のなかで流川の相変わらず落ち着いた言い方。
予期せぬ事態にも一向に怯むことのない男だ。思うに、こんな非常事態には流川が頼りになる気がする。

「おぉ…。んでエレベーター…動いてなくねぇか…?」

暗闇に気をとられていたが、気づけば機械音が鳴り止んでいる。どうやら目的の最上階へとたどり着くまでに停止してしまったらしい。
ますます事態は悪化する。

「…みたいスね」


「みたいスねって…まさか閉じこめられたのか?!」


「たぶん」


「ウソだろオイ…っ」

まさに絵に描いたような最悪の展開に驚く暇すらない。呆気にとられて一瞬の沈黙が訪れる。
階へ着く合間に停止したらしく、外からの光すら遮断されてしまった今、2人は別世界に連れてこられてしまったような感覚に陥っていた。

「とりあえず非常ボタンかなんかあるだろ…どれだ?」


全くの暗がりでは前も後ろも右も左もない。ついでに今の自分の立ち位置すら勿論のことながらサッパリ状態。三井は闇雲に右手を伸ばしてみた。
指先に何か触れればそれを頼りに動くことも可能になる。


(あれ…これひょっとして)


「それ俺」


(ヤッパリ)

「びびらせんなよ…」

「‥‥‥‥。」


伸ばした先には流川の体があった。思わず指先を引っ込めたが、これで自分の立ち位置が把握できた三井は再度前方を意識して手を伸ばす。



(これか?)

指先にひんやりと冷たく堅い感触が伝わる。機械的な物。とりあえず触れるもの全てを押してみるがカチカチと鳴るだけで何も起こらない。


「あ゛あ苛つく…っなんでこんなコトになんだよ…」


「‥‥‥‥‥」


狭い空間に取り残されて三井の苛立ちは溜まる一方で、この先また何か起これば確実にぶち切れることが予想される。
流川はその間も冷静に打開策を考えていた。

「おい流川…?!」

「あ?」


「“あ”じゃねぇよ!……無言はやめろ無言は!」


流川が無言なのは今に始まったことではないのだが、この状況下での静けさは精神的に良くない、気がする。三井は静けさを塗り替えるように必要以上に声を荒げている。


「ウルセー…耳に響く…」


流川が耳をふさぐ動作をしたのか暗がりの中で空気が僅かに動いたのを感じる。

「うるさいもクソもねぇ!開けろオラッ」

恐怖心よりも怒りが三井を凌駕し、ガスガスとボタンのあるところを目掛けて闇雲に蹴りを入れ始めた。これには流川も制止の手を入れる。

「どあほう。壊れたらどーすんだ。」


流川の手が三井の足を制す。


「おいコラ一年坊主。誰がどあほうだ。」


「ちょっとどいてろ。」


「あん?」


青筋たてて憤慨する三井を軽くスルーしながら押しやると、すぅっと気を拳に溜めて懇親の一撃を前方へ放った。

─バリンッと鈍い破壊音。

「あ!!オメェ人に壊すなっつったくせに!!」



「違う。よく見ろ。」

どうやら非常ボタンの囲いを破壊したようだが、目を凝らしてみても三井にはサッパリわからない。まるで猫のような視力…少しの間で暗がりに目が慣れたらしい。

「お前見えてんの?」

「うっすらと。」


先ほどまで唸る三井の声だけが自分の位置を知る手がかりだったが、今はうっすらと三井の表情も汲み取ることができる。

「で…非常ボタンは…?ウンともスンとも言わねーみたいだな?」

「…壊れてる……」

三井が詰め寄る。


「壊したのはオマエだろが。このバカぢから…アホか?!」


胸ぐらを掴まれながら流川はきょとんとするが、小首を傾げる。

「俺は手加減した」

確かに割れたのは非常ボタンを厳重に囲っていた硝子であり、本体そのものに破損はないようだ。
…つまり。


「元から壊れてんのか…?まさか。んなアホなっ」


三井は脱力し、その場でヘナヘナと座り込む。


「勘弁しろよ……!」


この時点で冷静だった流川の眉間にも皺が寄りだした。
外界へと繋がる連絡線が使いものにならない今、ただひたすらに団地の管理人か通りがかりの人物を待つしかないらしい。



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