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正直な話、いくら先輩の誘いとは言えど地獄のような練習の後に寄り道するぐらいなら他にもっと有効的な時間の使い方があるだろうと思うのが流川の心情である。

それに、流川は“幽霊”や“怪奇現象”などといった類の話には、全く興味もなければ増してや“怖い”といった概念もこれっぽっちもなかった。

胡散臭いモノは基本的に嫌いな性分である。

だとするとこの誘いに乗った理由はただ一つ。
今自分のなかで静かに膨らみつつある三井への興味の真相を探ること…。
その興味というのが厄介だった。部活中にも何度か視線で追いかけている自分に気づき、オカシイと小首を傾げることもあった。どうやら自分の抱く三井への興味は、バスケへ向けられるソレとは違うらしい、と。

バスケット一筋できた流川にとって三井の存在は、自分ですら頭を悩ませる人物だったから早めに気持ちを確かめておきたいところだった。
自分の胸に渦巻くこのモヤモヤの理由を…。

中途半端はなんにしても性に合わないらしく、気になったら納得のいく結果が出るまで攻める。


目的の場所へと向かう間にも考えていることはそのことだった。


鋭く刺すような夕暮れの日差しのなか、2人は言葉数少なく目的の場所を目指して歩く。身長差の少ない2人はどことなくミスマッチに思える。三井と並んで歩いているのは大抵あの男だから。

「ここだな。」

三井が前を行き、流川は少し後から付いてくる。後ろの流川が悶々としているのを余所に、三井がはたと立ち止まる。

その後にふわっと生暖かい風に乗せて三井の匂いが流川の鼻先をかすめ、危うく背中に顔面が当たる寸でのところで流川も足を止めた。

三井の視線の先には、なる程。いかにも“出そう”な雰囲気を垂れ流している不気味な空間が待ち受けていた。
夕暮れの団地というものは、建物が化け物のように大きな影を作り出していてなんとも気味が悪い。
練習で流した清々しい汗も、今は生暖かい風と共に肌に絡みつきベトつくばかりだ。


「怖いならヤメてもいいぜ?」

三井はベトついた空気を裂いて余裕の涼しい顔でニヤリと笑って言い放つが、流川は思う。それは俺のセリフだと。無論口には出さないが、流川の表情は至って静かなものだ。

この先、恐らく本当に幽霊が出たとしても、流川は三井と2人きりになり何かあるんじゃないか、とそっちの方で胸を高鳴らせていた。

そのナニかは本人にも予測不能。勿論三井にも。その先の進展を考えるとある意味“怖い”
そんな微妙な空気を2人の間に漂わせてから、流川はその中へと入っていく。

「行くんスか。行かないんスか。」

さらりと三井に言い直ると、無論三井もその気になる。

「行くに決まってんダロ」

ムキになり流川を追い越してズンズンと奥へ入って行く三井の後を淡々とついて行く。

「これが例のエレベーターか…別にフッツーのエレベーターだよな」



期待はずれ、と言うべきか、中に入れば煌々と明かりが灯されており、外から見た不気味さほどではない。そしてその噂の幽霊が出ると言われるエレベーターからも、そんなイヤな空気は伝わってはこない。
初めから興味などなかった流川にはどうであろうと関係はないのだが、視線を隣へと移すとつまらなさそうに唇を噤む三井がエレベーターを睨んでいる。

「夕涼みにもなりゃしねぇな。ま、とりあえず乗るか…」

流川は無言のまま三井を観察するように見る。三井の長く細い指が“下”ボタンを押すのもジッとただ見ている。

自分でもこんなこと気色悪いと思うが、三井の指は綺麗だ、と思った。

そして例のエレベーターが到着の音を知らせ、扉が静かに開かれた。


扉が開かれた瞬間、なんとも言えない鼻をつく臭いが2人の周囲に広がった。雨の日の泥臭い土のニオイと、鉄分を交えたカビ臭さ…。

(うわ……気味悪ィ…)

これが三井の正直な感想だった。
中は無人で、今にも消えかけのチカチカ点滅する白色の蛍光灯に、元は真っ白だったと想像される壁に靴の足跡が浮かび上がっている。その上何年もこびり付いているような泥や、天井には蜘蛛の巣まで張り付いている。
ここの住人は毎日この不気味なエレベーターを使用しているのだろうか?そんな疑問も自ずと浮かび上がったりするが、とりあえずは開かれてしまった目の前の扉をくぐるしかない。

一瞬の躊躇だが、三井の横を流川が涼しい顔で通り越し、いち早くエレベーターの中へと乗り込んだ。

「閉まりますヨ」

(………む)

表情一つ変えずに流川は“止”のボタンを押さえつつ、挑発的ともとれるあの目で真っ直ぐに三井を見てくる。

自分から話を切り出した手前、乗らないわけにはいかない。実を言うと三井はコッチ系に強い方ではなかった。怖がり、と言うほどのことでもないが、苦手、ではあった。
乗り込んで扉が閉まってしまえば…いよいよ不気味さは増す。そして思ったよりも狭苦しい空間に不快感を覚えた。
まぁ、190近い流川に、決して小さくはない180近い三井と男2人が団地のエレベーターに乗り込むとなれば狭苦しくて当たり前っちゃあ当たり前である。

「ど、すんですか?」

流川の低く落ち着いた声がこの小さな空間に少しばかり響いて三井の耳へ届いた。その不気味な空間に気を取られていた三井がはたと流川を見やる。この男はなんでこうも涼しい顔してやがんだ、可愛げのねぇヤツ…
三井は隣にズンと佇む流川の顔を今更ながらクールだなと思いながら視線を戻した。

「とりあえず一番上まで行ってみるか」

「リョーカイ。」


三井の指示に素直に従う。正直こんなことに意味などないとは思いつつも、流川にとっては三井と2人きりになれるチャンスを易々逃す手はない。



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