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蝉のざわつきが鳴り止まない初夏。
ミーンミーンと忙しない鳴き声が暑さを一層強く感じさせる。と言ってもスポーツをするものにとって、このぐらいの暑さでへばっているようでは練習にもならないのだが。
湘北バスケ部も例外ではなく、この暑さのなか何時間もコートのなかを走り回るため、部員らの熱気で体育館は蒸し風呂のようになっていた。


「涼しい顔してんな…この暑いのに」

嫌みともとれるその言葉に目線だけ向けてみる。その独特の低声の持ち主は…暑さに滅法弱い男、三井寿。

「先輩はバテてますね」


流川はさらっとそんな恐ろしいことを言ってのけるから、言われる方は呆気に取られてしまう。確かに三井は肩で息をし、上気した顔でムッとする。


「そりゃあこんだけ毎日暑けりゃな」


その赤いユニフォームをパタパタと仰ぎながら額の汗をぬぐう様は、男が見ても色っぽいと思う。

いや、その仕草をするのがこの男だからなのかも知れない。

仰ぐたびにチラチラと垣間見える割れた腹に、否が応にも視線がいってしまうが、流川はなんとなく見てはいけないような気がして目を反らした。


こういった瞬間に、いつも心のなかを掻き乱されるような気持ちになる。


無防備なこの男はそんなことを考えているなんて予想もしないと思うが。

なんとなく、後ろめたいのだ。



「おい、流川」


落とした視線を再び戻すと、なにか悪巧みをする子供のように無邪気な三井の顔がある。


「お前知ってるか?幽霊エレベーターの話」


さっきまでの会話と繋がらない、三井の意外な言葉にポカンとしてしまう。この人は突然なにを言い出すのか分からない。

「なんスか、それ」


感情のこもらない返答に少し不満そうにするが、また悪戯な表情になる。
流川は、この人は見ていて飽きないなと思う。ふと、自分は今どんな顔をしてこの人と話をしているんだろう?などと思いは浮かぶが、三井は話を続ける。


「出るらしいんだよ。」


「なにが?」


「幽霊が」


まぁ“幽霊エレベーター”と言うのだからそうなのだろうが、いまいち三井の意図が掴めない流川は反芻した。

なんとも単調でリズミカルな掛け合いになる。流川が相手だと大抵がこんな感じになるらしい。何事も、必要最低限の言葉しか発しない男。ある意味分かりにくい男。


もっと違った反応を期待していたのか、三井の表情にも不満さがあふれている。この男は心情がすべて表情に表れてしまうタイプなので分かりやすい。
単純、とも言うが。

「…………?」


三井の口からなぜそんな言葉が出たのかという疑問と、自分になぜそんな話をするのかという疑問が浮かぶ。この男に一番似つかないような“幽霊”という単語に首をかしげてしまう。

そんな煮え切らない流川の表情に、幾分か反応に期待をしていた三井は、ますます苛立ちを隠せなくなる。


「だからっ
出るらしいんだよ。裏の団地のエレベーターに。女の幽霊が。」


三井は流川が聞き返してくるであろう単語を一気に並べた。

そんな三井の苛立ちが反応の薄い流川にも伝わったのか、次の言葉を慎重に選ぼうと思考を巡らせてみる。三井が次にどんな言葉を待っているのか。

流川という男は、こうゆう時に頭の回転が早い。


「帰りに……行ってみますか?暑さしのぎにでも。」

おおよそ三井が求めているであろう言葉を引き出してみる。



「おお!行くか?」

どうやらベストな返しだったらしい。

パァと弾けたように無邪気な顔を見せる三井に、思わず釘付けになってしまう。へたすればこれは赤面ものかも知れない。反則に近い今の表情に加え、この至近距離。
流石にいつもの冷静さも保てなくなる。

「行き…ます」


なんとなくこの男には逆らえない。流川は三井にはどういうわけか素直だ。

「じゃあ終わったら行ってみようぜ」


三井はバッシュの紐を結び直しながら、流川を見上げてニカッと悪戯に笑った。

また反則の笑顔。無意識なのがズルいと思う。
そう思ったあとに流川はふと気づく。今の話の流れだと、このあと三井と二人きりになるのだ。
しかもエレベーターと言う密閉された個室に二人きりで入る可能性もある。
なんとなく胸が弾んだ。


(阿呆か)


流川は一瞬よぎった浅ましい妄想に眉を潜めた。


そうして猛暑の中での酷な練習が終わり、着替えを済ませた2人は再び落ち合う。

三井の話によると、校門を抜けて学校の裏手に回ると例の団地があるそうなのだが、人伝いに聞いた噂で詳しいことは分からないらしい。
そんな噂をいったいどこで聞きつけたのだろうかと、流川は不思議に思うが、三井のことだから女子生徒たちの噂話を真に受けて興味でも示したのだろう。

つくづく単純な男である。




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