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「あ、眉毛がある……」
「描いてきたわ!」

 部屋に戻ると、既にベッドの上で腰あたりまで布団を被って横になっている楓と目が合う。部屋の空気はシャンプーの香りと歯みがき粉のミントが混ざった匂いがした。そして無音だ。

「テレビつけようよ。紅白終わったかなー…」
「もう寝ようぜ」

 楓は枕に顔を押し当てて、隠った声で言う。私は仕方なくベッドの端に座った。

「寝るの……?」
「寝る」
「除夜の鐘聴かないの?」
「聴かない」
「えー…」
「お前も早く入れば?」

 むくれていると、楓が枕から少し顔を浮かせてこっちを見るなり事も無げにそう言うもんだから、唖然としてしまう。私の鼓動は跳ね上がり、相づちを打つのでやっとだった。

 一気に顔に血が昇っていくのがわかる。楓はぐるりと寝返りをうって背を向ける。私は布団にくるまった楓の後ろ姿を見下ろしながら思った。楓と一緒の布団で寝たことなんてあっただろうかと。小さい頃に雑魚寝した記憶はある。ただ今と昔とじゃ……私は恐る恐る、楓の被っている布団をぺらりと捲り、ベッドに両手左膝をついた。ギシッと小気味良い音でベッドが軋んだ。

「ねぇ、ほんとに寝ちゃうの?……だったら電気消してくるよ?」

 布団の中から隠った声で「ん」と聞こえてくる。私はベッドからまた離れて、部屋の電気を消した。ヴォンという冷蔵庫の不気味な唸りが聴こえてくる。暗がりの中でも床続きの玄関からくる照明でうっすらと気配は伺えるので、その微かな光を頼りに戻ってくると私はまたベッドによじ登った。

「スタンド付けといたほうがいい?」

 暗がりからの返事はない。

「楓?」

 すこし楓を揺さぶって返事を待ったら「好きにしろ」と言われたので、私はサイドテーブルの灯りを付けてから布団を捲り、静かに潜り込んだ。

 私はもぞもぞと足を動かす。落ち着かない……寝られそうにない。そしてサイドテーブルの目覚まし時計を見る。ああ、もうあと15分もすれば年も越してしまう。なんだ……これじゃ普段と変わらないじゃん。それともこれが普通なのかしら。楓が普通じゃないのかしら?

 幼なじみだった頃と恋人同士になった今と、どこがどう変わったんだか。

 私は小さく溜め息を吐いて布団から脱け出そうとベッドを軋ませた。そのまま立ち上がれなかったのは、楓の手が私の手首を掴んだからだ。これ程心臓が飛び出ると思ったことはないと思う。

「どこ行く?」
「ど、どこって、のど渇いたから……」
「あそ」

 以外とあっさり解放され、拍子抜けする。な、なんだよ一体……吃驚するじゃん……。私はベッドから離れてギクシャクしながらキッチンの方へと歩いた。ドキドキが治まらず、冷たい水を喉に通してもまだ顔が熱かった。もう楓の隣で眠れる気がしない。私は小さい頃の楓の失態や、泣き顔なんかを必死に思い浮かべた。そうだよあの男だって昔は私にいっぱい恥ずかしい姿を晒してきたんだから!今さら何を意識することがあるのよ。

「落ち着こう……」

 深呼吸をして、戻った。歩みが止まった。さっきまで横になっていたはずの楓が、ベッドに腰を下ろして私の方を見ていたからだ。もうそれ以上先には進めなかった。

「?早く来いよ。風邪引くぞ」

 スタンドの明かりに照らされた楓の姿がやけに艶っぽく見える。幼少期の楓の姿は脳裏から消え去ってしまった。そうなんだ。この男がやたらとイイ男になったもんだから意識せざるを得なくなってしまったんだ。

「やっぱり別々に寝ちゃダメ?」
「なんで」
「だって……」
「…あ?そんなに嫌ならソファーで寝れば。風邪引いても知らねぇけど」
「しょ、しょうがないじゃん!ここに泊まるの初めてなんだから……」
「どあほうが。妄想しすぎだお前は……。ほら、早く入れよノロマ」

 楓はそう言って布団を捲りあげた。……私は一気に赤面して狼狽える。恥ずかしくて死にそうだ。とりあえず爪先から冷えきって、このままだと本当に風邪引きそうなので布団に入ることにした。

 楓の手が届く所まで近づくと、長い腕が伸びてきて私の二の腕を掴んだ。

「すげぇ冷たいじゃねぇか。だからお前はドアホウなんだよ」
「うっさいな!あんたよりは頭良いですーって……うわ」
「夏樹」

 強く引っ張られた私は、バランスを崩してそのまま楓の腕に抱き、寄せられてしまった……。私はその腕から逃れようと思いっきり突っ張った。

「え、ちょ、ちょ、なに!?」
「嫌なのかよ」
「何が!?」
「……俺にこうされんのが」

 私が力を入れる度にベッドが軋む。私はふっと力を緩めて、楓に身を委ねた。楓の温かさは心地好い。嫌じゃない。

「い、嫌っていうか嫌じゃないけど……どうしたらいいか分かんないから困る……」

 てゆうか男の子にこんな風に抱き締められたら誰でも困るって……。楓におんぶされたことはあっても抱っこされたことはない。小さい頃に怪我をした私をおぶってくれたことがあったのだ。

 今のこの雰囲気での抱擁は……何を意味するのか。気付かないふりをして聞いた。

「急にどうしたの……?」

 抱き締める腕の力が強くなって、私の頬が楓の胸にぎゅーと押し付けられる。こんな楓初めてだ……。もう恥ずかしがる余裕すら無くなってしまった。いつもと違う空気だけが居心地悪い。

「我慢してたけど」
「が、我慢?」
「は───……」

 楓が深く長ーく溜め息を吐いて、そのままの体勢でベッドに倒れ込んだ。私は楓の下敷きだ。いや、楓の両腕はベッドに置かれているから押し倒されたと言ったほうがいいかも知れない。

 なにもする気ないって言ったのはどこのどなたでしたっけ……?



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