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 紅白は相変わらず流行りのJPOPの合間に演歌を挟んできて、独特の気怠さを垂れ流している。演歌なんてさして頭に入りもしないのに気付くと口ずさんでしまうのは不思議だ。今は右隣が気になるから紅白どころじゃないけれど。そして、私たちの背後に置かれているベッドもやけに存在感があるような……(いいえ錯覚よ!邪な想像力が見せる錯覚なのよ!)。そして私はもう一つ、あることに気が付いた。

「楓、ジャンプは?」

 コンビニ袋にジャンプが無い。中をちゃんと確かめようとコンビニ袋に手を伸ばしたが、楓が邪魔になって届かず遠目に見ることしか出来ないけれど、それにしたってジャンプの厚みは無かった。立ち読みしてきたのだろうか。

「……お前、さっき誰と話してた」

 へ?さっき?
唐突な質問に詰まるが、思い当たるのはさっきの電話だ。

「………ああーやっぱり聞こえてた?」

 私が聞き返してもテレビ画面に向けられた楓の横顔は何も言わず、また大きな口で鍋の具を食らっていく。……もしかして楓が機嫌悪くなったのってあれが原因だったりして。いや、これは確信を持っていいかも知れない。だってこうしてる間にも楓の表情はどんどんと怒りを含んでいくのだから。

「バイトのあれだよ?店長から電話かかってきたんだよ」
「ほー」

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「で・へ(にんまり笑顔)」
「なにお前。ブサイク」
「……喧嘩売ってんのかアンタ」

 でへ、なんて奇っ怪な私の呟きにやっと此方を見た楓は吃驚するほど無愛想な顔をしていた。

 けどいいっ許そう!
そうかそうか楓は焼きもち妬いたのか。そう考えたら無性にこの無愛想男が愛しく思えた。でも鍋もう空っぽだよ!野菜しか食べてないよ私!この男と食事すると恐ろしく早い。それでも私はにこやかなまま手を合わせて、ご馳走様を言ってから目の前に残された食器の片付けにかかった。

 そして斜め前から鋭い視線が突き刺さる。

「見てるだけなら手伝ってよ……」

 というかそんなに見ないでよ……まだ足りないってか……?まだ食えるってか?動揺しちゃいけない。動揺したら負ける気がする。私は今日何があっても動じないことに決めた。何があっても……って何があるというのだろうか。片付けが終わったらお風呂に入って、それから。そ…それから寝るだけじゃないか。

 寝るってどうやって……?

 お泊まりにおける最大の問題はそこにあるように思う……。

 ちらりと斜め前を見たら、眉をしかめた楓と目があった。そして、手と手が触れた。肩が微かに震えた。

「持ってく」

「あ、りがと」

 ……ダメだわ。思いっきり動揺してるわ。戦う前から負けてるわ……。手が触れたと思ったら、既に配膳は奪われていて、楓はそのまま私に背を向けると行ってしまった。なんてことはない。普通にしてればいいんだ。そうだそうだ。変なこと考えるのはよそう。楓も特に意識してる様子もないし……(それはそれで悲しいが)。お風呂入ってこよ……。

「私お風呂いってくるねー…」

 着替えを持って、楓の背中にそう告げる。返事はなく、代わりにキッチンから水が勢いよく流れる音が聞こえてきた。

 会話が途切れて、部屋の中には沈黙が生まれる。唯一の救いがキッチンやテレビからくる雑音だ。私は初めて、楓んちで楓のお風呂に入る。今日は普通ではない……やはり。

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 バスルームの扉を開けると、むせかえるような甘い匂いが充満していてますます息が詰まりそうになった。ああ……さっき食べたお鍋の具が喉の方まで上がってきそうだ……。

 恋人ってどうなんだろう。
考えてみたら世間一般の恋人たちは、今年最後の日を一体どんな風に迎えるんだろう。色んなことをぼんやりと考えながら熱いシャワーを浴びた。

 化粧を落として丁寧に体を洗って(いやらしい意味ではない決して)そして体の水滴をバスタオルで拭ってお風呂から上がる。静かだ……。唯一の救いだったテレビも消されてしまったのか何の物音もしてこない。服を着替えるのにも気を使って、なぜか物音をたてないように下着を履く私。

 着替えた後もしばらくはバスルームに突っ立ったまま動けずにいた。

 3、2、1で出ると決めて、心の中でカウントを始めたとき。扉の向こう側で小さな物音が聞こえた。思わず身構える。

「おい」
「はい!」
「…何してんだお前」
「え、やちょっと…」
「まだか?」
「今開けるから!」
「早くしろよ」

 ってそんなせっかちな……っ

「歯ぁ磨けねぇだろうが」

 ……ああそうですね。

「すんません……今出ます…」

 何を一人で妄想して……バカだな、私。
目をきつく瞑って、頭をぶんぶん左右に振って、扉を開けた。……バカはあんたもだ。なんでそんなにデカイ。やば、頭くらくらしてきた……あんたがそんなにデカイせいで見上げたら頭に血が上って立ち眩みしちゃったじゃん。気付けば楓の胸にトスッと頭を押し付けていた。

「どあほう。何ふらふらして……」
「あうっごめん立ち眩み…」

 触れている額が少しだけ熱くなる。楓の胸はトクントクンと規則正しい心音を刻んでいる。

 慌てて離れた。
私はこんなにもドキドキしてるってのに、この男からは緊張感なんて微塵も伝わってこない。楓はするりと私の横を抜けて、洗面台の前に立つ。歯ブラシを手にして、歯みがき粉のふたを開けている。

「て、テレビ消したの」
「つまんねーから消した」
「ふーん……」

 私も楓の隣に立つ。楓はチューブを押して、にゅるりと出てきた歯みがき粉を歯ブラシに付けた。それを、口にくわえる楓。私も楓と色違いのピンク色の歯ブラシを手にとって、同じことをする。肩を並べて歯を磨く眉なし素っぴんの私と楓が洗面台の鏡に写っている。

 私は目を反らすようにして俯いた(眉ぐらい描いとくんだった)。ご飯食べてお風呂入って歯磨きして……そう、あとは寝るだけだ。あとは寝るだけ。

 ああその前に除夜の鐘聴かなきゃ。それから楓に誕生日おめでとうを言って……。

 ふと前を見ると鏡の向こうの楓が、喉を反らしてガラガラをしているところだった。喉仏が綺麗に浮き出ている。逞しい首筋……。ぽけーと見惚れていると危うく歯みがき粉を飲み込みそうになったので慌てて吐き出した。そして私もガラガラをする。私が洗顔をしている間も楓は隣にいた。

 私は次に化粧水を手に取る。楓に買わせたものだ。楓は私が化粧水を顔に付ける仕草を鏡越しに見てくる。じーっと、見てくる。困った私はとりあえず、首を傾げてニコッと笑ってみせた。そしたら「なんか足りないと思ったら眉毛がなかったのか」と言われた。それだけを言うと奴は洗面所から去っていった。

 ほっとけ!

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 私はもちろん綺麗に眉を描いてから出た。



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