[携帯モード] [URL送信]



メールの受信覧に先輩の名前が刻まれたのは、これが初めてで
次は着信履歴に先輩の名前が刻まれることになる…はず。


こうやって私の中のフォルダーも、どんどん先輩で埋まってくんだろうな…。


早く会いたいという気持ちが高鳴って、私は着信を待たずに、そぉっと部屋を出た。


「シィ…」



小さくカチャリと扉を閉めたところで、もう一度携帯を開いてみる。


ディスプレイに映し出されたデジタル時計が、1:31を示している。


着信はまだない。


…どうするか。
とりあえず玄関で着信を待とう。


私は、静かにリビングへと続く階段を降りる。


最後の一段を残したところまで来て、携帯を握りしめていた右手に振動が伝わってきた。


こうゆう静まり返った場所で響くバイブレーションは、思いのほかビリビリと五月蝿くて、イヤな汗が出てしまう。


絶対、先輩からだ…

胸のドキドキとバイブレーションの振動が響く。


私は残りの階段を降りきってから、コール5回目のところでゆっくりと通話ボタンを押した。



「悪い」


耳に届いた第一声がこれだった。

悪い…?


「…え?」


「や、電話よりメールのが良かったな。」

「大丈夫です。バイブにしてるし」


むしろ電話の方が嬉しい…緊張はするけど。

私は、明かりが消えて静まり返ったリビングを通って、玄関までの道のりを一歩一歩踏みしめて歩く。

「おお、そうか。ところで
今お前んちの前にいんだけどよ」


…っ…。
この玄関の外に出たら、先輩がいるんだ。


「出られそうか?」


本物の先輩に…触れられる。先輩の声を直接聞ける。


私の鼓動は早鐘のように脈打っている。

私は玄関に掛けられた鏡に映る自分を見て、立ち止まった。


「もしもし?」


「あ!! 今、出ますっ
ちょっと、待って…」


「おう」



私は前髪を整えて、身だしなみをチェックしてから静かにドアを開けた。

「ウィース」


花壇を前にして、自転車にまたがった先輩がそう言うと、差し歯を光らせてニッて笑う。


落ち着け心臓…
いい加減見慣れなきゃだめだよ、私。
三井先輩の笑顔にめっぽう弱い…。


先輩の格好は、黒のTシャツに凝ったデザインのジーンズ姿。
足が異様に長く感じる。

かっ…こいい……!!



「こんばんわ、先輩」


うわ…なんか今の、素っ気ない言い方だったかな…?

ダメだ…やっぱり顔が上がらない。もうすでに耳が熱くなってきてるからどうしようもない。

ゆっくりと先輩の方へと近づいてから、チラッと顔を上げた。


「迎えに来たぜい」

「………」


この人は…まったく、なんて顔して笑うんだろう。
優しく微笑むのと、悪戯に笑う子供みたいな笑顔。

私は先輩の笑った顔が大好きなんだ。


私にとっては赤面ものの言葉と、その笑顔で案の定、先輩の顔に釘付け状態。

この人が、何をしてもたぶん私はこうなるんだと思う。


カラッとした空気に混じって、シャンプーの香りがする…

私のと、たぶん先輩の匂い…


優しくて甘い
いい匂いがする。


先輩の顔が唇が…近づいて……


「何?!」


「ん?なんかイイ匂いすんなと思って」

先輩の息が首筋に触れてく。
くすぐったい…。
私にこれ以上どこまで硬直しろって言うんだろう。


「シャンプーの匂いか」


私がビクッて体を振るわせたら、先輩の手が髪にそっと触れてきて、優しく撫でられた。


「先輩……」


「ん?」


……キスしたいな。
って言おうとしたの。




「早く行きましょう!!早く!!」


言えるはずもなくて、上気した顔を見られないようにと小走りで先輩の後ろへ隠れた。


「んじゃ行くか」


私は半ばヤケクソになって先輩の後ろの席に座った。

おっきな背中…。私はその大きな背中を見てから俯いて、どこに触れていいものかと考えた。


やっぱり腰かな…
でも…。服?服なら…


「おい。つかまれよ?落ちんぞ」


む…。
じゃ…お言葉に甘えますけど…!!


私は先輩の腰に、そっと腕を伸ばしてくっついた。


「お前さ」


呼ばれたので耳を傾ける。


「緊張しすぎだって」


げ!!……やっぱりバレてる。当たり前か…。


「ほっといて下さい!!
ほら、早く行きましょうよ…っ」


急かすように先輩の背中をポンポンと叩いたら、風をきって自転車が動き出した。


「可愛いやつぅ」


冗談ぽく言ってからかってくる先輩の背中から、私の頬に熱が伝わってくる。


普段の登下校で見慣れた風景を、2人を乗せた自転車が軽快に走る。


車のランプが行き交って、電灯が過ぎ去っていって…


風が心地よくて
先輩の鼻歌みたいな変な歌が楽しくて

背中から伝わる熱がくすぐったくて……


幸せで。


気づかないうちに私の口元が緩んでた。


なんだかすごい楽しい。

今から始まることの全てが楽しくて、生まれて初めての感覚に、私は飛び跳ねたくなるぐらいに胸を踊らせた。


「あっ 学校見えた!!」


「〜〜俺はあきらめの悪い〜男〜♪」


先輩はまだ上機嫌で歌っていたけれど、校門前に到着。

時間にすればさほど経っていないはずだけど、すごく長く感じていた。


「あ〜!! お兄ちゃんたち来た!!」


あ、絵梨ちゃん。
そー言えば先輩、絵梨ちゃんと一緒に来なかったな…
流川君がペアだから別々に行ったのかな?


「声がでけぇんだよバカ…近所迷惑だろーがっ
今何時だと思ってんだ……」


2人の会話を聞きながら、なんとなく絵梨ちゃんを羨ましく思った。


先輩は、宮城先輩と笑い合って
桜木君とじゃれ合って、流川君には「妹の面倒頼んだぞ」なんて言っている。


私は三井先輩の彼女だけれど、実際よそ者なんだよね……。

絵梨ちゃんとは同じクラスだから仲が良いけど、他の人たちは皆バスケに関わる人たちだから……


私はあまりよく知らない。


だから私は先輩のひっつき虫みたいなものだ。

不安……。先輩、ちゃんと私も構って…?

そんな想いをこめて、皆と笑い合う先輩の顔を、後ろからそっと覗き見る。


私と話す時より楽しそう…。



[前へ*][次へ#]

9/19ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!