[携帯モード] [URL送信]



 玄関を上がってキッチンの脇を通って、リビングへと続く廊下を楓の背について歩く。キッチンは片付いている。私が片付けているからだ。ご飯を作って食器を洗って、ついでに掃除もしてるから、ここは男の一人住まいとは思えないほど小綺麗な部屋だ。

 洗濯ぐらいは流石に自分でやりなさいと突き放しているけれど、家事の殆んどを私が担う羽目になっている。

 楓と同じ大学に通えば今頃同棲していたのかも知れない。けれど目指すものが違う限りずっと同じ環境ではやってけないから。

 実家を離れて毎日一人で生活するっていうのは、想像以上に孤独だった。私は既にホームシック気味で、ここ最近電話代が半端ない……。でも楓は割りと早い段階でこの生活に馴染んだみたいで、この適応力は凄いなと思ったりする。

 楓にとっては独りきりで生きていくことなんて容易いんだろうな。それに比べて私は、すぐ寂しくなって実家が恋しくなってしまう。楓がいなきゃきっと一人暮らしなんて続かないよ。家族が好きだし友達とも離れたくないし一人暮らしなんてほんとは嫌だった。

 それでも今こうやって生活出来ているのは楓の存在が大きい。たとえ学校が違くっても目指すものが違くっても楓に会えるということが私にとって一番の支えになっているのだ。こんなこっ恥ずかしいこと、本人には言えやしないけど……。通い妻で大いに結構。ほんとはこうやって会えることを一番楽しみにしているのは、私の方なんだと思う。

 ・
 ・
 ・

「風呂入ってくる」

 楓はそう言って私に背を向けた。

「うん。じゃあお鍋の用意しとくね」

 広い背にそう言ったら、楓は顔だけをちらりと此方に向けた。

「なに?」
「お前今日泊まってくの」
「……あ。あー……ええーっと」

 思わずどもる。……この部屋に泊まったことはまだ一度もない。今まで楓の家に泊まるといったら当たり前の話、楓の家族も一緒にいた訳で……二人きりでっていうのはなかった。泊まってくのか、と聞かれたのは今回で二度目だ。一度はクリスマスの日。あの時は喧嘩してそれどころの話じゃなかったけれど。

 今日は…どうしよう……。いや考えてはいたんだけど、も。


「と泊まってく(噛んじゃった…)」
「あそ」
「あそって」
「なに?」
「べっつに……」
「お前変なこと考えてんじゃねぇ?」
「へ、変なことって!」
「心配すんな。なんもする気ねぇし」

バタン


 ………。
って待てコラァ!

 楓って絶対私のこと利用してんだ。付き合ってからも疑問だったことがここにきて決定的になったわね。あいつは私のこと幼なじみ以上に思ってない、絶対……むしろそれ以下の家政婦だ。

 ちょっと待って、私、楓に好きって言われたことあったっけ。付き合ってくれとも言われてない。(毎日飯作りに来いとは言われたけど)

 ただ、他の女の子に対する楓の態度と、私に対するそれが違うってとこが全てであって。そこを除けば私……ほんと冗談抜きで自信ないんですけど。

 年の瀬にこんなダークな気分になるなんて笑えない……。このまま帰ってやろうか。何が通い妻だよバーカ…!なんもする気ねぇし?頼まれてもさせるかぁぁあ!

 リビングに取り残された私は、心の中で思い付くだけ暴言を吐いた。腹が立ったらお腹が鳴った。おなか……空いたな。もういいやご飯作ろ。

 お鍋作ってぜんぶ一人で食べて紅白見て帰ろう。……って言っても、もう9時か。時計を見てから溜め息を吐いた。

 兎に角、あのバカが戻ってくるまでに鍋の準備をしてしまおう。私は気分を切り替えて、キッチンへ向かった。



[前へ*][次へ#]

2/9ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!