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私たちは同じ高校を卒業してから別々の進路を選んだ。楓は相変わらずバスケから離れられないでいたから其れなりの大学に進学して、私は取り分けて特技も夢も無かったから犬好きって理由だけでトリマーの専門学校を選んだ。
趣味も興味をもつこともまるで違う私たちが今の関係を維持しているのが不思議なくらいだけど、気がつけばいつも傍らにはこの男がいた。実家が近所なのもあって小さい頃からずっと一緒にいて、これまで腐れ縁で繋がっていた私たち。
この腐れ縁は幼なじみとして現状維持していくものだとばかり思っていた。
それがどこをどう間違えてか、二人が付き合いだすようになったのは楓が一人暮らしを始めてからだった。
告白なんて有って無いようなものだったけれど、確かに楓からの一言で私は通い妻をすることになり、その延長で今に至るのだ。
「毎日飯作りに来い」
このふざけた台詞は、彼なりの告白だったらしい。それは後から判明した。あとは俺の身の回りの世話をしろ的なことを顔色一つ変えずに淡々と言いくさりやがり。……その時に私は悟った。この男は私を家政婦に仕立てようとしているに違いないと。
ふざけんな万年寝太郎がー!
腹が立った。腹が立ったけど。考え方を変えてみれば結婚前提にお付き合いしましょうみたいな?何事もポジティブ思考でいきたいなみたいな。それに、この男と対等に会話しようと思うなら少々のことで凹んではいられないのだ。
そんな訳で今日も私は健気に楓専属の通い妻をしております。今日は学校が終わってバイトして、帰りに最寄りのスーパーで買い物してから楓の住むマンションへと行くことにした。楓は私の住み始めた2LDKのアパートなんかよりずっと良いマンションに住んでいる。けどそれは当然と言えば当然だ。無駄遣いばかりして将来のことなんか適当にしか考えてなかった私に比べて、楓はずっと節約してきたし勤労青年だったし。
私はインターホンを鳴らして、「毎度通い妻でぇす……」と小さく呟いた。インターホンの音も心なしか高級感がある気がする。あらゆる面で不自由しない男だなーなどと考えていたらカチャリと音がして、扉の隙間から眠気眼の楓がひょっこりと現れた。黒のタートルネック。髪は酷い寝癖だ。
まぁた寝起きだよこの男は!
「おはよー万年寝太郎くん」
楓はボーッとした目を向けて小さく首を傾げた。
「イヤミだよイ・ヤ・ミ」
今日は大晦日だよ……。一年の締めくくりの日くらいちゃんと起きて私を出迎えてくれと言ってやりたい。そうだクリスマスの日もこの男は寝てたんだっけ。イルミネーションを見ようって(それらしい事を)言って珍しくデートに誘ったのは自分のくせして待ち合わせ場所には来ないし携帯にも出ないしメールも返ってこないしで心配になって家行ってみたら寝てたっていう前科者だったっけ。
別れ話になってもおかしくないぐらいのことを楓は平然とやってのける。この自由奔放さに振り回されっぱなしだけれど、離れられないのは……腐れ縁とエトセトラ……。好きだから……?私はドM?
それにしたってあんまりだ。
楓は今日バイトも休みだったしのんびりゴロゴロしてたかも知んないけどさ?私はバイト入ってたし終わって来てみれば案の定寝てるし?彼女に飯作らせに来させといて寝てるっつーのは……。
「なに怒ってんだお前」
楓が怪訝な視線をよこしてくる。寝起きの目付きは普段より一層悪い。
「べっつに!」
「……。飯、なに?」
彼女に会って最初に言うことがそれかい……絶対分かってないだろ私の苦労を。まぁいいや……、楓が無神経だってことは付き合う前から分かってることだから……。楓は不機嫌だったり肩を落としたりする私に変な奴だと言わんばかりの視線を向けてから買い物袋を奪っていった。
「今日寒いからさ?鍋でもしようかと思って」
「ほー……」
そしてまた目が合って「とりあえず上がれば」と言われたので遠慮なくそうすることにした。楓が扉を大きく開けてくれたのでその間を通って中へ進むと中はほんわりと温かくて良い匂いがする。玄関で楓の腕に掴まってブーツを脱ぐ。脱ぎ終わったら、両腕をさすられた。
「お前すげぇ薄着……風邪引くだろうが」
「うーん薄着かな?ちゃんとコート着てるし平気だよ?」
「中が薄着」
……言われて気付いたけど、胸元が開いたデザインになっているから傍目には寒々しく写るかも知れない。昔はこんなことに口出してくるような奴じゃなかったのに、付き合い出してからこういうところが僅かに変化した気がしないでもない。
「心配してくれてる?」
「……一応。お前が倒れたら飯食えなくなるから……」
「うオーイ!」
前言丸ごと撤回じゃあ!
この男はなんにも変わっとらん……!
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