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俺は気をゆるめれば、怒りと言い様のない悲しさで涙が溢れそうになり、拳を壁にぶつけた。
「出てけ」
母さんに手をあげるような父親は二度と見たくない。
「で、二度と帰ってくんじゃねぇ」
俺はただ母さんを守りたかっただけなんだ。
母さんが親父と正式に離婚したのはその年の冬。
寒々とした朝方、親父は離婚届けに印を押して出ていった。
親父が家を出ていくまで、俺が母さんの側から離れることはなかった。母さんを守れるのは息子である俺しかいなかったから。
親父のいなくなったあとの母さんの表情は、明るかった。
「楓、これから二人で頑張ってやってこうね」
そう言って手を握られて、母さんの手が小さくなったなぁと思った。いや、俺の手が大きくなったんだと思う。
俺が無口になったわけ。
それは性格が冷めたとか、卑屈になったからとかじゃない。
ただ母さんに負担をかけたくなかっただけだ。
母親はときどき、俺と一緒に買い物に出掛けたがる。理由を聞けば、立派に成長したこの俺を、道行く人に自慢して歩きたいからだそうだ。
俺の気は進まなかったけど、そうやって話す母さんの顔はとても優しくて、俺には心地よかった。
もっと笑顔が続くようにと
俺は母さんの手を握って、歩幅を合わせて歩く。
これからもきっと、母さんが喜ぶなら、俺は恥ずかしい気もなくそうして買い物に付き合うんだろう。
息子っていうのは、母親を守るもんだと俺は思う。
俺がこの人から離れるときは、新しく守るべき存在ができたときなんだろう。
そのときがくるまでは、俺は母さんをちゃんと守れる息子でありたい。
End.
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