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 他に打ち込めることが見つかったのも関係しているかも知れない。

「母さん、俺バスケ部に入った」

 そう告げたのは俺が中学校に進学した年の春。

 普段、自分から何かを始めたり、近況報告することの少なかった俺が、言葉数少ないなりにも報告したことを、母親はとても喜んだ。

 平凡な日常は、俺の密かな努力と、母親の惜しみ無い愛情で保ってきた。父親が再び現れるまでは。


 俺が部活から帰って来ると、父親は、そこにいた。ふいに壊された日常。俺は戸惑った。そして苛立った。

 どうして帰ってきたんだ。
何しに来た?いまさらどの面さげて俺たちの前に…

 困惑していたのは母親も同じで、自分のことよりもまず、俺のことを心配した。こんなことになり、グレてしまうんじゃないかと。

 けれど俺はそこまで弱い男ではなかったし、母親の気持ちは誰よりも察していたから、母親に対しては変わらず接していた。

 しかし父親とは一言も会話を交わさない日々が続いた。

 父親の背を追い越し、今なら力でも恐らく勝っているはず。

 俺は母親を守る、と心に決めていた。その為なら、実の父親でも殴る覚悟はあった。もし母を傷付けられるようなことがあったなら…その時は躊躇なく殴り倒すと。

 それが現実のものになるにはそう日は掛からなかった。


 眠れぬ晩に、喉を潤すべくキッチンへと向かった足は、扉を前にして止まる。

 聞こえてくるのは聞きたくもない口論…。それも激しく言い争っており、いつもは温厚なあの母が声を荒げていた。


 “今まで家族のこと放ってきたくせに”
 “楓の進路のことに口を出さないで”


 散々言い合っているのを俺は全部聞いてしまった。

 そして遂に母親の口から出た言葉は、

「離婚してください」


 この言葉の後に、父親の態度が豹変し、俺は無意識に扉へと手をかけていた。


 けど、一足遅く
 母さんは殴られた。



 俺のなかの血が一気に沸点まで登り詰めるのと同時に、拳が父親の頬を捉えた。

 ガツッと鈍く拳に痛みが走り、父親は床に膝をついて倒れた。

 幼少期に淡く残る記憶の片隅にいた父親は、こんなにも小さかっただろうか。こんなにも弱々しくこんなにも情けなかっただろうか。



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あきゅろす。
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