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「これ、お母さんに作ってもらったんか?」
お母さん、なんて単語を口にしたのは何年ぶりだろう。俺が意識してなるべく優しい声色で問いかけると、小さく頷いた。
…で、早くも話題が底を尽きそうなんだが…。もう放っておいて部活行こうかとも考えたけど、真っ赤になった目が、俺に無言で何かを訴えていて放っておくこともできなかった。
「腹減ってるか?」
栗色のツインテールが左右に揺れる。飯は食って来たらしいな。
「便所は?」
また首を横にふる。正直…めんどくせぇ。子供は嫌いじゃねぇけど好きでもないし、小さい子供の相手をするのは思うより疲れる。ましてや相手は女だし尚更普段使わない神経を使うもんだから想像以上に。
掛け時計を見てから、もうあまりのんびりしていられないことに気付く。
「おい、俺はこれから出なきゃなんねぇ。一人で大丈…」
俺は今完全に無視されてるな。風香は無言のまま麦わら帽子を振り回しながらリビングへと続く廊下を全速力で駆けて行った。…大丈夫なんだろ。走ってるし。
空気扱いの俺はとりあえず戸締まりをして、あいつの手の届くところに危険物がないかを確かめてから家を出た。
子供を預かっているってのは変な感じだ。なんとなく責任を感じる。あの子供には俺が模範なんだと思うと…なんか変な感じがする。親でも何でもねーんだけど…。
今日は、何となく早く帰ろうと思った。
バスケは当たり前のように大事だ。けど俺には妙な責任感が湧いていて、あの子供を家で預かっている間は、ちゃんと面倒を見てやろうと、心んなかでぼんやりと思った。
──────────………
「あれ、流川もう帰るの?」
「ウス」
「いつも最後まで残って練習してるのに珍しい。体調でも悪い?」
「いや…客が来てるんで」
怪訝な顔をされたが、適当に説明したら納得したらしく解放してくれた。
自転車に股がり帰宅する途中、いつの間にか立ち漕ぎしている自分に気付く。部活が終わったのが思っていたよりも遅くなったからだ。空は濃紺に染まって、もう一番星が輝いている。泣いてるかも知れねぇ。腹空かしてるかも知れねぇ。
何かとんでもないことになってんじゃねぇだろうかとか。
風をきりながら
拭きもせずにいた汗を飛ばしながら。俺は急いだ。
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