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[12]サイレントドライブ


* * * * * * * *


 外は、軽く身震いをするくらいの肌寒さがある。

 繋いだ手が温かい。何気なく隣を見たら、背の高い彼が、形のいい顎を反らして、さらに高い天を仰いでいた。

 首筋から顎にかけての曲線美が、やけに大人びて見える。


「星、見えないねー……」


 私がつぶやくと、ふいに繋いでいた温もりが、逃げるようにして離される。

 冷たい空気にあたって、やっと目が覚めたかな。

 くすっとなってしまう。


「目、覚めた?」

「一瞬ここがどこか分からなかった」

「流川君ね、さっきまで熟睡してたんだよ」

「………」


 私に抱きついたことも寝惚けていたとはいえ、地味に驚いたんだから今ここで抗議したっていいんだけど、嫌じゃなかったんだから私も困りものだ。

 あの時、他の男に同じことをされていたら、私はきっと露骨に嫌悪したと思う。けど、嫌じゃなかったのは...

 流川君がまだ高校生だからっていうのもあるかも知れない。

 少し余裕を見れたのかも。


 それに本当に眠そうだし...。


 私は駐車場へと歩きながら、後ろを振り返り、トボトボとついてくる流川君につい表情筋が緩んだ。

 寝惚けるなんて可愛いギャップがまた私の胸をときめかせるんだわ。私は25で彼は高校生。あ、そういや何年生だっけ。うーん。


 考えている間に到着。


「これね、私の車。乗って?」


 キイを差し込んで先に乗り込みエンジンを吹かす。乗り込んでくる気配がなくて、何だろうと助手席側の窓の方へ視線をやると、流川君が屈んだところだった。


「後ろ乗れねぇんスけど」


 後ろ?前でいいじゃないと思いつつも後部座席を見る前に気付く。
 後ろは私物(化粧品やら服やら鞄やら本業に関連したもの)で溢れかえっていたことに。

 大雑把な性格なもんで、酔っ払っていると車の中で服を脱ぎ散らかす悪い癖がある私。それを片付けずに放置していってこうなったんだった。


「前乗ってくれる?」


 しばらくして扉が開き、流川君は助手席に座った。

 ふと見る横顔は、さっきまでの寝ぼけ眼の流川君ではなかった。


「・・・・・」


 互いに沈黙。
閉鎖的な車内において、会話の一つもない妙な重苦しさは、時間を重ねるごとに増してゆく。

 まず、この静寂を破る音を求めてエンジンを入れた。

 エンジンの唸りと共に微かな振動を感じ、ひとまず車内に音が生まれる。


「流川君、どこまで送ればいい?また寝ちゃう前に教えて?」


 流川君はタクシーの運ちゃんに行き先を伝えるように応えた。応えてからシートベルトを着けて、眠る態勢に入っていった。

 私は流川君を無事に送り届けるべく安全運転をするだけだ。この空間で何かを期待なんてしない。しないけど...会話は欲しかったかも知れない。


「おやすみー…流川君」


 車はゆっくり発進する。


 夜道を走り、対向車とすれ違う度に風が窓に吹き当たる。

 車内を満たすのは、それと、継続的な揺れと芳香剤の香りだけだ。まぁ相手が寝ているだけに静寂は気にならない。それはいいんだけど。

 二人でいるのに静かな運転は退屈だなと思う。




 車はしばらく、沈黙を乗せてひた走った。




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