[2]
真面目な顔がちょっと照れた顔になって、私も恥ずかしくなって目を反らそうとしたら、今度は抱き締められた。三井の匂いがふぁっと開け放たれた窓からくる風で柔らかく香る。三井の肌は熱くて、吃驚するぐらい心地の良いものだった。
「なんかよく分かんねぇけど大丈夫かよ。なんかあったんなら言えよ」
三井のシャツはちょっと汗で湿ってる。トクントクンとちょっと速めに打ち付ける鼓動の震えが私の頬に当たってる。三井は、私が泣くと少しだけ優しくなる。
「なんでもない……」
「……っとに素直じゃねぇな」
グスグスと鼻まで垂れてきてさすがに離れようと腕を三井の胸との間に差し入れたけど、三井は離してくれなかった。
「そこでふいとけっ」
三井が喋ると三井の胸が軽く振動する。
「………三井」
「あ?」
「なんでそんな優しいの」
「なんでって……言われてもよ」
言われた通りに三井のシャツで垂れた鼻をそれとなく拭って、顔を上げたら三井の顎の傷がそこにあった。この優しい三井が普段の意地悪で怖い顔の三井とは思えなくて、それがなんかおかしくて私は少し笑ってから「ありがとう」を言った。
したら三井が「そうそう、そーやっていつも素直にしてりゃいーんだよ。したら毎日優しくしてやるよ俺だって」なんて言うから、私も対抗して「じゃあもっとぎゅってして」などと顔から火が出るぐらい恥ずかしいことを案の定顔を真っ赤にしながら言ってやった。
顔も見れずに次の言葉を待ったけど返事はなく三井は微かに震える腕で、さっきよりも力強く私を抱き締めた。
嬉しくて、どんな顔してんだろうって思って三井の顔を見たら三井まで真っ赤んなっててそれを見たら愛しさが半端なく込み上げてきて私も三井のシャツを握りしめた。
「おい、もーいいだろ」
「まだ……」
「ば、バカやろう……」
「照れちゃう?」
三井の腕が緩くなって、私もそっと腕のなかから抜け出す。三井の顔は本当に照れ臭そうで、私のことを抱き締めたことすら後悔するように眉をしかめた。
「こ……っち見んな……」
「さっきはこっち見ろって言ったくせに」
そう言ったら私に背を向けてしまった。
「お前がピーピー泣くから心配してやったんだろうが……」
三井は首の裏をポリポリと掻いてズボンのポケットに手を突っ込んで歩く。私も後ろをついてって、今度は私が三井のポケットに突っ込まれた腕を掴んだ。
三井は固まるように立ち止まって、勢いよく振り向く。
「待って。キス、したい」
そう私の口から言葉が紡ぎ出された瞬間に、三井の目が真ん丸くなった。
三井の肩に両手を伸ばして、一生懸命両足で踏ん張って背伸びして、足が震えてくるぐらい長い時間キスを待って目を閉じた。
三井の指が私の顎と首の境目辺りに触れてきてぴくりと体が反応する。首筋にごつい手が回ってきて、髪をさらりと指先で鋤かれて、唇に、柔らかい感触が控えめにやってくる。離れる間際にまるで映画やドラマのように“ちゅっ”と濡れた音が鳴って恥ずかしさでどうにかなりそうだった。三井ってキス下手かと思ってたら案外上手くて吃驚した……思い込みは良くない。
フレンチキスだけど、初ちゅーが三井で本当に良かった。大好きだから、やっぱり、ものすごく。渡したくなんかないんだ……誰にも。
まだ気恥ずかしそうに視線を泳がせて黙りこくっている三井の指先に触れて、指を絡めとる私。そんな私を何かとんでもないものを見るような物珍し気な目で見てくる三井。
私たちは手を繋いで帰った。三井はずっと無言のまま、たまに応えると“ああ”だとか“おお”だとか言って、赤い顔を隠したかったのか終始俯き加減に歩いていた。
End.
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