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[10]年上キラー

 私と流川君はコーナーの一角までやって来て、側では沈黙した流川君が気後れした様子で立っている。


「こっちは女優の名前の順に並んでるからね」

「はあ……」

「あとは棚に戻すだけ」


 左手に持つDVDから一枚取ってパッケージを見る。“淫乱女子高生”のタイトルの側に美咲桃子と女優名がピンク色で強調され、乱れきった制服から谷間を覗かせて濡れた視線を投げ掛けている。


「ねぇ、流川君この女優知ってる?」

「……さぁ」


 流川君もAVぐらい見てるだろうとの軽い憶測だった。返ってくる返事はどれも相づち程度の愛想無いものばかり。


「でもこーゆうの見るでしょ?」

「見ない」

「嘘、マジで?全く?一回も?見たことないの?」

「ない」


 最初は恥ずかしくて言えないだけなのかと思った。でも流川君が口元を隠して目を合わせようとも、私の手元を見ようともしないことで本心なのかなって。けど今時の高校生なのに?と疑ってしまう私。


「もういいっスか……。だいたい分かったんで」

「ええっと言っていいのかなこれ」

「?」

「耳………真っ赤」


 言ったらまずかったらしい。眉間の皺が濃くなった気がする。本当に……本当に真面目に、なの?こんなナリしてこんな顔して今どき希に見るピュアボーイなの?初対面であれだけ大人の私をときめかせておいて、今、ここで、このギャップは駄目よ。



 でもじゃあ...処理とかって、どうしてるんだろう。
 
 彼女もいない、エッチなDVDも見ないんじゃあ...


 

* * * * * * * * * * *




 それからの流川君は終始無言で仕事を呑み込んでいき、それでも有り余る時間をたまに言葉を交わしながら過ごした。店を訪れる常連客は、一様に流川君の方をチラ見していく。中には苦手な客もいたので、それを捌いてくれる彼には心強かった。


「疲れた?」

「かなり……」

「あと二時間ちょいで終わりだよ」


 携帯のディスプレイを見せてあげると、流川君は瞬きを深く一回した。眠そうな目だ。


「俺、こんな時間までよく起きてられたなと思う」


 そう言って掌の甲で目元を擦る仕草が胸キュンするほどに可愛らしい。肩を並べて長い間いる内に、彼の仕草のひとつひとつや言葉に、並々ならぬ感情が沸き起こっては私の胸を踊らせた。こんなに退屈しない日はなかった。


 携帯アプリに頼ることもなかったし。流川君を見ていて、流川君と話していて、飽きなかった。流川君があまり喋らないのも私には丁度良かったんだと思う。


「眠…い……」


「ほんと流川君今にも寝そうな目だよ……。ねぇ、大丈夫?この仕事、続けられそう?」


 部活もやって、勿論学校にも通って、勉強だってしなくちゃならないだろうし、部活がハードなら体力的な疲労も半端じゃないだろうし……。倒れちゃったりしないだろうか。


 コクリコクリと定期的に項垂れる流川君は、手にしっかりとエロDVDを握っている。気にも留められないほど眠いんだろう。そして流川君は言った。


「金がいる……。親に頼りたくねぇから」


 言葉数が少ない分、一つ一つの言葉に重みがあった。彼の俯き加減の横顔は、本当に端正な造りをしていた。伏せられた睫毛がどれだけ眠そうでも。瞳が虚ろでも、それを綺麗だと思った。


 どうしてだろう。思っていたよりハマってしまいそうで。危機感すら覚える。お金が必要なら私が全額面倒見てあげるだとか、終いには本気で考えているし。


 私、マジなの?って狼狽えた。隣で眠気と戦う流川君は気付いてないけど、今の私は流川君を見ているだけで頬が紅潮していくのが分かった。


 25の私が高校生に本気でときめいている。

 しばらく恋はしないはずだったんだけどなぁ……。

 私が恋って...。






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