[9]初仕事
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▼夏樹side
「ありがとうございましたー」
日曜の夜も平日の夜も店の客足はそう変わらない。忙しくもなく、特に暇っていうほど暇でもなく至って単調な流れ。さっきの客は日曜になるとDVDを返却しに来て、また新しいのを借りていく云わば常連さんだ。
常連さんは有難いんだけど、私思うのよ。日曜の夜ぐらい他にすることないんですかって。……そりゃナニしようが人の勝手だけどさ?
頬杖をついて、返却された“エロテロリスト”のパッケージを眺めていると仕事用の携帯がバイブした。メール……じゃないや、着信の表示を見て思わずウゲッて言いたくなる相手からの電話だった。けど、こいつも客なんだよなぁ、あっちの。切れろ切れろと願いを込めて着信表示を見ていたけど、しつこくバイブは止まらない。
「もしもーしっ(営業ボイス)」
『あ、夏樹ちゃん。今から会えないかな?晩ご飯奢るよ!』
「ごめーん高橋さん、今仕事中なんだ。だからまた今度連れてって欲しいな」
「仕事中って、え?何……」
心底早く終われと願いながら入り口の方を見ると、誰かが入ってくる気配があった。
「あ!ごめん今ほんと忙しいからまた今度電話するね!じゃあね高橋さん」
って流川君じゃん……。最悪なタイミングで電話かけてこないでよ高橋42歳バツイチ子持ち。変に思われたらどうすんのって、既に良い表情(かお)してないんだけど彼。
「おはよ、流川君」
「ウス」
「どうしたの?眉間に皺寄ってるよ?」
流川君はゆっくりと顔を上げて荷物を下ろしながらレジの方へと歩いてくる。脇の壁に貼られたポスターには、でかでかと爆乳のグラドルが悩ましげなポーズをとって微笑みかけているけど、そこを軽くスルーして見向きもしなかった。男なら普通チラ見ぐらいして行くもんなんだけどなぁ……と流川君を目で追っていたら、目線がぐっと高くなった。やっぱデカイ。
「眠いんス……」
「眠い……?」
流川君はコキコキと首を鳴らし、ふらりと私の座っている接客スペースの方へ入ってくる。彼の表情を見れば、確かに疲れが現れているけどまだ夜の9時だ。
「今日部活とかなかったんでしょ?日曜だし」
私のすぐ側に彼がいるもんだから見上げるのに首が痛い。頭上の整った顎先は反らされて、喉仏が浮き彫りになって。それを見て綺麗だなと思う。流川君はまた首を鳴らした。
「や、自主トレ」
「ああ……」
私はだらしなくそう応えるしかなかった。首を支えている筋張った大きな手と、流暢に動く彼の唇を、ぼんやりと見て。
「?」
「あ、えーっと。まず適当に荷物置いて?」
流川君はその通り適当な場所に、黒色をしたワンショルダーのリュックを寝かせた。で、次は?と視線が返ってくる。
「じゃあ仕事教えるからそこに座って待ってて。これ終わるまで」
私は休めていた手を動かして、返却されたDVDの中身を一つずつ確認していく。すぐ隣では流川君が座る気配がした。
「ちょっと質問していいッスか」
「んー?」
爪でディスクを傷つけないように注意を払って集中する私は視線を落としたまま応える。爪切れって話だろうけどそうもいかないのよ。
「名札とか、しなくていいんスか?」
ゆっくりと落ち着いた口調で流川君は言った。それに吸い寄せられるように動く私の首。一度、流川君の姿を確認するように彼を見てからまた目線を戻す。
「いいのいいのウチは適当な店だから。てゆーかね、私が嫌なのエプロンとか名札付けるの。客に名前覚えられたくないから」
「はあ」
「よしっ終わり。じゃー、コレ棚に戻すから付いて来て」
卑猥なタイトル五本を重ねて持ち、席を立つ。仕事を教えるったって大した仕事はないんだけどね実際。主な仕事はレジ打ちと品出しですから。けど店長と私の二人だけだと、やはり融通が利かないのでバイト君は必要なのだ。これで私も自由に休憩が取れるし助かるってもの。
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