[8]バスケ以外のことを考えた
▼流川side
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外の風にあたるまで、ずっとぼんやりとしていた。
俺からは香水のにおいがした。これはあの女の。
ふと浮かぶのは……あの女の体に刻まれていたあの薔薇?の模様。
あの店に……店長らしからぬ店長に、ケバくて刺青まで彫っている女店員。どれもが全部俺の苦手な類のものばかりだった。
俺はともかく眠くて...ぼーっとしている。
バスケ以外のことを考え始めると、眠くなる...。
……仮にも面接の最中に眠ってしまった。
「はぁ……」
深く息を吐く。そして、携帯の存在を思い出し、ああ、そういや携帯の電源切ってたっけと電源を入れたら、母親からの着信があって掛け直す。
駅までの道のりは体がやけに重く感じた。
『楓!あんた今何時だと思ってんの?!』
「あ……」
『電話したのに電源切ってたでしょ。なんで電源切ってるの!』
「……」
『今あんたどこにいるの?!彼女と一緒なんでしょ?よそ様の娘さん連れ回してんじゃないでしょうね』
俺が何か口にする前に、間髪入れずに母親の怒声が響くもんだから言い訳のしようがない……。彼女?ああそう言えば出てくる口実に使ったような...。
『いくらなんでもお泊まりは駄目だからね。もう帰って来なさい』
「母さん、俺の話聞いて」
もっとマシな理由つけるんだったと今さら後悔する。嘘の上塗りなんて俺には出来ず、もう苦しい言い訳も続けられねぇと、今までバイトの面接を受けていたことを正直に話した。そして俺の考えも。自分で必要な金を作りたいということを一つずつ説明した。
母親は呆気に取られたようで、案の定否定してきたが、採用されてしまったことも付け加えたら、口を濁しながらもなんとか認めてくれたようだった。
勿論どこで?とも聞かれたがそれは“レンタルショップ”とだけ応えておいた。
電話を切る頃には母さんの声が機嫌の良いものになっていて、社会勉強にもなるから頑張ってみたら、などと言われた。
社会勉強……あの店で俺は一体何を学ぶんだろうな。
携帯を閉じて道ゆく人を眺める。男女のツーショットばかりが腕を絡め合って歩いていく。通りの両脇は電飾の光がうざったいぐらいにチカチカしている。
思い出したが、この通りはラブホテルが隣接してるんだった。来る時にこの道を通ってギョッとしたことを思い出す。
駅に着くまでぼんやりしてりゃ良かった。
自然と急ぎ足になる。
通りすがるカップルは楽しそうに笑っている。俺は凄く珍しいモノを見ている気がした。
そして、気づくとなぜか、あの女店員の顔を思い出していた。
金に近い色に脱色された長い髪。派手な格好。長くて訳のわからん飾りがついた爪。ケバい化粧に甘ったるい匂い。
それから刺青。
あの店で働くことにならなければまず関わることのない類いの女だったな。
そーいや通りすがる女も皆似たような顔をしている気がする。着飾って化粧塗りたくって。
.............。
……やめた。くだらねぇ。
それからの俺はイヤホンを耳に当てて、最近買った英会話のCDを聞きながら歩いた。電車に乗ってからは眠気と戦って、なんとか乗り過ごすことなく帰宅した。
疲れたなんてもんじゃない。俺は部屋に入るなり雪崩のようにベッドに崩れた。
もう今日は何も考えずに寝たい。ひたすらに。
目を閉じて、意識を手放したら、それこそ俺は死んだように眠った。
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