[6]流川君
「ルカワくん、おーい起きてー」
簡単には動かない。重みがずしりと伝わってくる。ほんと、体は大きいのに。寝顔だって可愛いけど、こんなに大人びているのに。この子が高校生だなんて。
やっと寝顔を見せた彼は、私の力ではなく、自ら寝返りをうった。そして、目を覚ました。
「おはようルカワ君」
笑顔で迎えたのに、彼の目は、一度私の目と合わさって...すぐに脇へとそらされてしまう。人見知りしてるのかな?
「ルカワ君ごめんねぇ……話長くなっちゃってさぁ。眠かった?」
井上ちゃんが可笑しそうに笑っているのを余所に、ルカワ君はまだ完全に覚醒しきっていないのか、軽く寝癖のついた無造作な黒髪を、後ろに撫で付けた。
綺麗な手だな、と思った…。
「あ……、俺寝て……」
まだほんの少ししか聞けていない声で
そう呟いたルカワ君は、ゆっくりと起き上がる。ふわりと前髪が降りてきて細められた目元を隠し、そこに手が添えられるまでの一コマが、まるで計算されたかのように魅惑的で。年甲斐もなくときめいてしまった25の私。
相手は高校生だというのに...不覚...。
「まだ眠たそうな目だね」
「......」
しばらく見惚れていると、井上ちゃんのダミ声が届いた。喫煙に、酒焼けした人間の声はこうも汚くなるものか。まだ汚されてないルカワ君の声とを思わず比べてしまって、井上ちゃんに少し同情してしまった。
「俺戻るから。ルカワ君、帰る前にその派手な姉ちゃんに軽く自己紹介しといてね。明日は二人で店番だから」
「あっえ、そっか。明日日曜だっけ」
だいたい日曜は井上ちゃん午前出勤の日。夕方以降は私一人で店番をする日。や、二人、か……。
「頼むな、夏樹」
「うん」
井上ちゃんは不可解なブイサインを向けて扉を閉めた。なにそれ?
けどそれは私のなかで掲げられたブイサイン……だったのかも知れない。
静かになった気がする室内に視線を這わせたら、変わらず綺麗な男の子がいる。ソファーベッドから離れがたいのか立ち上がる様子もなく、視線はやっぱり合わされずに、微妙な距離を保っている。
私も少し意地になって、視線が合うまで対抗したら、
ふと、気付いた。彼の見つめている先には、私の鎖骨辺りを辿って、二年前に彫ったタトゥーの薔薇が浮かんでいた。
「これ、気になる?」
ルカワ君はぴくりと睫毛を揺らして「別に」とだけ言った。
「ルカワ君って変わった名前だよね。下の名前なんて言ったっけ」
「かえで」
「そうそう、かえで君。綺麗な名前だね。顔も綺麗だし」
「......」
その上背も高くて声も好いとなると女は放っておかないはずなんだけど...、どこか初々しい反応を見せられると、女慣れしてないのかな、とも思う。
綺麗だと言われて、頷くでもなく否定するでもなく。
伏し目がちな目。
退屈そうに視線を逃がし始めたルカワ君に、いつもより積極的に話題を探している自分に戸惑う。
「どうゆー字書くの?」
「流れる川に、」
「木へんに風で、楓?」
艶やかな黒髪はさらりと揺れた。
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