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[16]始めたもんは最後までやる



けど、流川君は次の日のバイトにもやって来た。

もちろん私は居心地が悪く、身の置き場がなかったけれど...

「お、おはよう。流川君」

定時にやってきた流川君に恐る恐る声をかけると、「ウス」と小さく返事が返ってくる。
怒っているのかな、何考えてるんだか読み取れない表情。無表情で、よくわからない...。

「あ、コーヒー飲む...?」

私はその場の空気に耐えられずに席を立とうと椅子を引いて立ち上がろうとする。

「いらないッス」

「あ、そう...」

そして、また腰掛けた。空気が重い...。また後悔の念が襲ってくる。高校生にキスを迫るなんて、
ほんとふしだらな女だと思われたに違いないし、またそれも否定できなかった。
本当に気まずいけれど、仕事は仕事だ。そう思って気を引き締めた。

それにしても、流川君、ちゃんと店に来てくれた。私はてっきり、もう辞めちゃうかも、なんて
思っていたのに。


流川君は、裏手の仮眠室に入っていった。私は一息吐いて、時計を見る。
今から、井上ちゃんが出勤するまでは流川君と二人きりだ。こんな日にはお客で賑わっていて欲しかった。
人の出入りがまばらなのはいつものことだったけれど、今日は特に静か。

流川君が戻ってくる音がして、私は少し身構えた。

「ねぇ、流川君...?」

隣に座った彼を見て問いかける。

「この仕事、やってけるの?他にもバイトなんていくらでもあったでしょ?」

流川君は、少し間を置いてから応えた。

「やっていけるかどうかじゃない。一度始めたもんは最後までやる、それだけッス」

私は、はっとした。そうなのか。と、腑に落ちた。
と同時に、やっぱり私は浅はかだった。もう、邪な目で流川君を見るのはよそう。

「昨日、ごめんね。驚いたでしょ」

「.....」

「.....」

「別に」


...べ、別にって。


「そう。まぁ...もうあんなことしないから心配しないでね」


流川君と目が合う。


「はぁ」


はぁ、って。相変わらず反応が薄い。けどそれがかえって私を立ち直らせた。
よしっ ちゃんと仕事に集中!流川君は良い子なんだからこれ以上困らせてはいけない。

にしても

「暇ね」

「そっすね」

暇だ。

「そうだ。流川君レジ打ち教えてなかった。教えるね」

私は立ち上がり、こっち来て、と手招きする。流川君もついてくる。
そして、レジの前でレクチャーを開始。

「こんな感じかな〜。別に難しくないでしょ?」

流川君はこくりと頷いた。

「じゃあ、今教えたこと、ひとりでやってみて。おさらいね」

流川君は教えたことを全てちゃんと飲み込んでくれた。理解力も吸収力も高くて、教える方はとても楽だ。

「おっけ〜。もう大丈夫だね。あと、もう教えることなんもないわ」

「ないんすか」

「うん。...ないな」

「じゃあ」

と、流川君はカウンターの椅子を引いて

「俺、寝ててもいい?」

と言い放った。私は一瞬我が耳を疑った。そして笑いがこみあげてくる。

「ダメに決まってるでしょ!ちゃんとラストまで仕事!」

「...」

面白いなぁこの子は...。

あ、そうそう仕事はまだあるのよ。
アダルトショップの暗黙のルールとして存在するのが、アダルトコーナーには、お客に配慮して
できるだけ女性定員は立ち入らないというルールが存在する。この店は顔見知りの客が多いとはいえ
もちろん新規のお客も来るので例外ではない。
だから、流川君が入ってくれると助かることはたくさんあるのだ。

「流川君、これ、返却されたDVD。このラベルに書いてある番号の棚に戻してきて。前に教えたから
分かるよね?」

何枚かを重ねて、流川くんの前へと差し出した。

「...?流川君?聞いてる?」

動こうとしない彼に声をかけて顔を見ると、眉がしかめられている。前も嫌そうにしていたっけ。

彼の目線の先には、制服姿の女優が、胸を曝け出していやらしいポーズを取っているDVDのパッケージ。

「慣れそうにないね」

くすっと笑うと、それを気にしてか流川君は目の前の卑猥なDVDを重ねて持ち、立ち上がった。

「いってらっしゃ〜い」



私は、どこかぎこちなく見える彼の後ろ姿を見送った。






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