へんな女
此方へ近付いて来た人物が先にゼルの存在に気付いたが、声をかける事もなく訓練施設の方へと向かって歩いて行く。シエンナだ。ゼルも彼女の存在に気付く。
(げ。ほんと良く会うな。にしてもこんな時間に?)
こんな夜更けに出歩いているのはゼルも同じなので声を掛けるのを躊躇うが、彼女の向かう先が何故寄りによって訓練施設なのか……その事が気になった。
「こんな時間に一人で訓練か?」
彼女は一度、ゼルの方へと顔を向けかけたがまた歩き出す。
「無視かよ!」
「はぁ……煩いわねぇ……。お察しの通りよ」
足留めを食らった彼女は何とも気だるそうに言うと「あなたは何してんのよ」と逆に聞き返してきた。
「俺は散歩だよ散歩」
シエンナはふ〜んと興味なさそうだったが、訓練施設へと向けていた足をゼルの方へと向け直した。
「ねぇ、スコールってどんな人?」
第一にそれなのか、と驚くのとアーヴァイン達の言葉が甦ってくる。彼女の興味はあくまでもスコールに有るようで。
「自分で確かめろよ……」
シエンナはぴくりと片眉を上げてゼルを見下ろしているが、ゼルは精一杯の悪態をついて見返した。この女はなんて可愛げのない女なんだろうと思う。自分を見てくる目付きがそもそも気に入らない。高圧的で生意気な目だ。
自分は特に敵対視しているつもりはないのに、何故か彼女はゼルを好意的には見ていないようで。
だったら無理に愛想振り撒くこともない、とでも言いたげにゼルは組んだ足を忙しく揺らしている。
(なんだよなんだよ俺の顔に何か付いてんのか?!人のことジロジロ嫌な目で見やがって……)
そうかと思えば。
「貴方って近くで見ると結構イイ男じゃない」
と、予測不可能な変化球がやってくる。
シエンナは確かに今そう言った。しかし口にした言葉と表情が伴っていない。余りにも素っ気なくて、ゼルは一瞬の間言葉の意味を理解できずにピタリと固まった。
「……は?」
「ていうか、彼のことは勿論自分で見定めるわよ。気になるしね」
無遠慮に紡ぎ出される言葉に戸惑いを隠せないゼルは、シエンナよりもずっと動揺してしまっている。
(この女は一体なんだ?マイペースにも程があるだろ……)
呆れる。ゼルが接したことのないタイプだった。ある意味素直なのか、彼女は自分に忠実らしい。それは何となくゼルにも理解できたようだ。しかし呆然としている。
「で、貴方ちょっと付き合ってくれない?」
「へ!?」
自分でも発した声量に驚いたのか、慌てて口元を手のひらで塞いだ。シエンナは少し眉を潜めて首を傾げ、訓練施設の方へチラリと視線をやった。
そこでゼルは理解したが、動揺しているせいか先の言葉が見つからない。
(自分勝手な女だな……)
「ねぇ、貴方散歩してたんでしょ?暇よね?」
暇には暇だがそう言われると嫌な気持ちになるのは何故だろう。やはりゼルの眉根が寄せられる。
「なんで俺が」
「退屈なのよ」
「………」
「ここって結構規則厳しいじゃない?夜は当然のように各施設への出入りは禁止だし、ご丁寧に見張り付きだし。暇潰せるのってここしかないんだもん」
ああ、そこには同感だ。
ゼルも暇を潰す為に訓練施設を利用することが度々あるため理解できる。また暇な理由も恐らくは同じだろう……。夜更けには話し相手がいない。
リノアにしろ、事の問題の種であるスコールにしろ、今はいちゃこき合ってるに違いないのだ。アーヴァインとセルフィも。そう考えると何とも腹立たしい。
そしてゼルはほんの少しだけシエンナに勝手な親近感を覚えたのだった。
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