はじめての夜
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冷えた体を温めた少女は、湯船から上がるとフリオニールに渡されたシーツで体を拭いた。
そして借りた服を頭からすっぽりと被り腕を通す。やはりサイズが合わず、布地が大幅に余ってしまっていて不格好だ。首周りが晒されて、屈めば胸が見えてしまうだろう。
もう一着、借りた服を上から被ってみる。こちらは更に大きく裾は太ももまで末広がりに伸びており、まるで短めの丈のワンピースを着ているかのようだった。
少女は胸元の緩んだ布地を自分の手首に巻いていた髪を結う紐で縛り整える。不格好でもこれで幾分か動きやすくなった気がした。
そして風呂場の扉を開けると、すぐに鼻腔をかすめる美味しい薫りが漂ってきた。
(わぁ、いい薫り!)
フリオニールの姿を探す。見当たらない。
「あれ?」
少女は部屋をぐるりと見渡す。人の気配がない。調理場へと足を運ぶ。そこにもフリオニールはいなかったが、彼が作業をしていた痕跡が残っていた。
「どこ行ったんだろ」
仕方なく暖炉のそばまで戻り、その場にしゃがみ込むと、膝を抱えて揺ら揺らと燃える炎を見つめた。
テーブルに視線をやると、温められたスープとパンが並んでいる。手はつけられていない。
「出かけたのかな」
少女は立ち上がる。そして外へと続く扉の前までやって来る。けれど扉には手をかけない。
しばらくそのまま立ち尽くして考えていると、目の前の扉がゆっくりと開いた。
「フリオニール!」
「……!!」
姿が現れると、目と目がバッチリ合った。
フリオニールの目は驚きに見開かれている。
「どこ行ってたの?」
「……っ///……裏の…手洗い場がちゃんと使えるか確かめてきた……」
湯上りの少女の姿を目の当たりにして目のやり場がなかった。サイズが合わないのだから仕方がないとは言え、太ももが丸見えで、体のラインが如実にわかる格好なせいで、じっくり見ないようにしようとしても、どうしても体のラインに目がいってしまう。
それに、華奢なように見えていた少女だったが、やはり体つきは女性らしく柔らかい線をしている。それを改めて認識してしまった。
「いろいろありがとう!あのスープ、フリオニールが作ったんだよね、すごく美味しそう!フリオニールって何でもできるんだね!」
素直な気持ちを口にする少女。
「……冷めていたら、暖炉で温め直せばいい……、俺……風呂入ってくる……先に食べてろ」
「あ、うん」
いそいそとその場を離れてしまうフリオニール。
風呂に入っている間も、少女のあの姿が目に焼きついていて離れなかった。
何度払拭しようと違うことを考えても浮かんでくるのだ。フリオニールもまだ18歳の健康な男子で、それも致し方なかった。
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風呂からそろりと上がってみれば、辺りはすっかり夜の静けさに包まれていた。いつしか雨も上がっており、どこかで虫の音や梟の鳴き声が聴こえてくる。
テーブルに置かれた少女の分のスープの皿も、パンの皿も綺麗に空になっている。
ふと暖炉に目を向けてみれば、そこには両膝を抱えて頭を項垂れている少女がいた。暖炉の炎は勢いよく燃えており、パチパチと薪から音を立てて火の粉が飛んでいる。
フリオニールは、静かな少女を見て、眠ったのだと察した。
けれどフリオニールは、少女をこのまま暖炉の前に寝かせたまま、自分だけベッドの上で眠れるような男ではなかった。
「ココ」
屈んで呼びかけてもやはり反応はない。
軽く肩を揺すって起こそうと手を伸ばしたが、眠っている横顔を見るとできなかった。仕方なくフリオニールは、伸ばしたその腕を少女の膝裏に回し、もう片方の腕は少女の腰に回して支える。
そして、自分の体の方へと引き寄せて、ゆっくりと抱え上げた。
少女の頬は、フリオニールの胸板に寄り添う。寝息すら聴こえてくる距離の近さだった。
少女は軽く柔らかかった。腕や、触れた箇所全てからそれが伝わってくる。
フリオニールは得をした気分になった。女子の柔肌に触れる機会など、そうないのだから。
女性の体というものに、じっくりと触れてみて思うのは、やはり男の体とは全く違うのだなということだった。
肌から直接香ってくるような甘い匂いもきっと、風呂上がりのせいだけではないだろう。体の全てが甘く香っているような錯覚にすら陥ってしまう。そしてそれは無意識に誘われているような……そんな気にすらなってしまうのだった。
そしてこの柔らかさはどうにも手放し辛く、永遠に触れていたいとさえ思う程に心地よい。
(………どうしてこんなに気持ちいいんだろう)
抱き抱えているだけで、心が満たされ癒されてゆく。それは、自分の型に程よく収まってゆくような。
ベッドまで少女を運んできて、そっと少女の寝顔を見下ろした。フリオニールの腕の中ですやすやと眠っている。
(……もう少しだけならいいよな……)
そう心のなかで呟くと、抱きしめる腕を強めた。ぎゅう……と、柔らかな肌を腕に記憶させてやる。
そしてフリオニールは慌てた。
(だめだ。このままじゃ足らなくなる)
そうした危機感を覚えたフリオニールは、惜しみながらもそっと少女の体をベッドに預けさせた。足元の毛布も被せてやる。
(……)
そしてまた、少女の寝顔を見つめた。閉じられた瞼の淵に生え揃う睫毛が時おり微かに揺れる。
ほのかに色付いた頬は、見れば見るほど触れたくなる。
その頬に、ベッドから離れる間際
手の甲を向けた側の薬指と中指の先で、軽く触れた。
そしてフリオニールは少女に背を向けて、寝室を出た。扉に背もたれて、深く息を吐く。
「薪割りをして来るか……」
そうゴチると、食事を済ませてから外に出て、一人夜風に当たり
黙々と薪割りに勤しむのだった。
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次回に続きます...。
2015,7,4
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