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おおかみとうさぎ


▼スコールside


俺はスコールレオンハート

今、とある狼の群れからはぐれてたった一匹で餌を求めて放浪しているところだ。
俺がどうして群れからはぐれたかというと、群れを牛耳っているリーダーのサイファーに目を付けられて、
ボロボロになるまで噛まれて追い出されたからだ。
どうやら俺が群れのメスからの人気を独り占めしているのが気に入らなかったらしい。

月明かりをたよりに覚束無い足取りで歩く。獲物を見つけるのが先決だが、今夜の寝床も探さなければ…。
前方に目を凝らしてみると大きな岩が見える。周りを警戒しながらも岩場を目指して歩を進めた。
間もなくして辿り着くと、俺は岩の周りを地面の臭いを嗅ぎながら旋回する。
他の獣の縄張りでないことを確認すると、今夜の寝床をここと決めて岩場に体を擦り付けてマーキングをした。
これでここは俺の縄張りだ。あとは獲物を探さなければ…。群れを離れたのが昨日今日の出来事だから、
耐えられない程の空腹ではないものの何かを口にしたいという欲求には抗いようもない。

俺は岩場を後にして、あてもなく歩き出す。
歩いた道のりを振り返ると、血の臭いが続いていた。俺の流した血だ。サイファーのやつは手加減なしに
群れの連中への見せしめにするかのように俺に牙を向けた。抵抗したけどなんだか面倒になって
耳を引きちぎられる前に自分から負けを認めた。軽蔑されても構わなかった。群れの中にいたって
群れから離れたって一匹でいることには変わりないのだから…。

「痛…」

前足の関節が痛む。そしてつま先の隣り合う指と指の間。そこから血が滴っている。それをぺろりと舌で舐めとると
自分の血の味にも関わらず空腹感が増した。
俺はゆっくりと獲物を捕らえるための五感を研ぎ澄ませて双眸を光らせた。
こうなれば少しの物音も過敏に察知することができる。すると程なくして俺の嗅覚に微かな手応えを感じた。
草を掻き分け、進むごとにそれは近くなる。獲物が近い。そう確信した俺は身を低くして息を殺した。
暗がりの中に目を凝らせばそれは居た。しかも幸運なことに、それはどうやら自分と同じく手負いのようだった。

(うさぎか…)

空腹は満たせそうにないが、何も口に入れないよりはマシだ。俺はすぐに襲いかかる準備に入った。





狼スコールは、野うさぎリノアに狙いを定めた。リノアは敵襲の気配には気づかずに、
傷ついた後ろ足を懸命に舐めていた。風が止み、草木の揺れる音が静まると同時に
近くで草同士が擦れる音が彼女の耳に入り、身を固くして怯んだが遅かった。
何者かに襲われたことを知った時には既に彼女は押し倒されて大きな影に覆い被さられてしまっていた。

スコールの鋭い犬歯がリノアの柔肌に突き刺さる。リノアは激痛にか細い悲鳴を上げた。

「…や、やめて、おねがい…痛いよ…死にたくないっ」

悲鳴を聴き入れたスコールだったがそれでも一度手中に収めた獲物を容易く手放すことなどするはずもなかった。

「…ひぅ」

(運が悪かったな。俺と遭遇しなければ食われることもなかったのに…)

スコールはリノアの息の根を止めて、完全に仕留めるために首の頚動脈付近にもう一度牙を突き立てて、
顎に力を込めようとした。しかし、何かが彼を阻んだ。あと一噛みしてしまえばリノアはじきに息絶えることだろう。
それができないのは…

(……)

リノアは忍び寄る死の恐怖に全身を硬直させ、両目をきつく瞑っていた。白い真綿のような毛色に鮮血の赤を滲ませて、
小さな体は小刻みに震えている。スコールは不思議と、この無防備で虚弱なうさぎに対して空腹を満たすための
獲物としての魅力とは別の何か惹かれるものを感じ取ってしまっていた。
襲いかかって牙までも突き立てたというのにまるで食べる気が起きないのだ。
リノアも何か様子がおかしいことに気づき、そっと両目を開く。しかしその目はスコールの姿を映すとすぐさま閉じられる。

(…はぁ、まったく俺は何を考えているんだ…せっかくの獲物なのに)

そうは思いながらも食べる気をなくしたそれを、そっと地面へと逃す。リノアは呆気に取られた。
つい先程まで死をも覚悟したというのに、何が起きたのだろう。すぐに逃げることができずに放心したままスコールを見上げた。

「チッ…早く行けよ。俺の気が変わらないうちにな…」

スコールはリノアを顎先でなじるように追い払う素振りをした。

リノアは、理由は分からなくとも助かったのだという安堵を得て、すぐさま目の前の敵から逃げなければと五感を呼び覚ます。
懸命に力を振り絞り、傷ついた後ろ足を引き摺る。けれど体のどこもかしこも傷だらけで、思うように体が動かない。
それでもリノアは逃げようとした。スコールはそんな彼女の懸命に自分から逃げて生き延びようとする姿を
目に焼き付けるようにしてずっと見つめていた。そんな命のやり取りがされるすぐ側で、リノアを狙う別の獣が密かにほくそ笑む。
うさぎの天敵であるイヌワシのゾーンだ。手負いのうさぎなど誰もが舌なめずりをして狙うだろう。
ゾーンはスコールがその場を離れるのを心待ちにした。しかしいつまでもその場を離れる気配がない。
業を煮やしたゾーンは少し強引に横取りしようと急降下する。

ゾーンの気配を察知したスコールはリノアの首根っこを再び口にくわえる。
ゾーンが「しまった」と空中に留まろうとした隙に、スコールは駆けた。

「いやっ離して!」
「うるさい。お前は俺の獲物だ」
「いや!いや!」

リノアはぶら下がりながらも暴れる。狼であるスコールが駆ければそう簡単に追いつける獣はいない。
寝床に定めた岩場まで戻ってくると、リノアを咥えたまま足を止めた。

「逃がしてくれるんじゃないの!?」
「…気が変わらないうちに逃げろと言ったはずだぞ」

リノアは絶望する。それでも、狼に狙われては逃げられるはずもなかったのだ。見つかったその瞬間に
運命は決まっていた。リノアはポロリと一雫の涙をこぼした。その雫はスコールの前足へと落ちる。

「泣いたって無駄だぞ。俺はお前を非常食にすると決めた」
「…非常食…?そんなことしないで今すぐ食べたらいいじゃない…!」

スコールはリノアを地へ離すと震えるリノアを見下ろす。そして、前足でリノアの脇腹を押さえつけた。

「うっ」
「いいんだな?今ここで食べても」

リノアは首を振る。

「だったら黙ってろ。お前の命運は俺が握ってるんだ。分かったな」

ゆっくりと、だけれどもしっかりとした口調で淡々と非情なことを言ってのけるスコールに、リノアは頷くしかなかった。

しかしリノアは次の瞬間には目を丸くして驚愕してしまう。”非常食”だと宣言した狼自身が、リノアの体を守るようにして
その小さな体を自らの体で囲うと、その場で体勢を低くして肢体を地に落ち着けたのだ。
リノアはスコールの体温を肌で感じ、恐ろしさもあるが不思議と心地良さも感じていた。
狼の毛並みは硬く、決して心地よくはないはずなのだったが…。

(この狼…私のことほんとに食べる気なのかしら…)

リノアはスコールを見つめた。スコールは目を閉じて前足に頭を預けて伏せている。リノアは当然眠れるはずもなく
スコールが寝静まるのを見計らって逃げようと考えたが、なぜかそれを否定する自分がいることに気づく。


この狼からは決して逃げることなどできない。
リノアは心のどこかでそう思うのだった。


End.

2015,6,12




また続きを書くかも知れませんがそれは未定です(^^;
獣スコリノではスコールが主導権を握っています笑
これは2015.5.11に考えたネタでした。

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