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人の心は移ろいやすいもの
そんなことは分かっていた
大切なものほど、いつかは失ってしまうということ
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スコールにはリノアという恋人ができた。彼女の騎士になった。安息のひと時は永遠に続くものと思われた。けれど臆病であるスコールの本質は変わってはおらず、時折夢にうなされるのだった。
その夢のなかで、彼はいつも一人取り残されてしまう。リノアも彼の元から離れ、仲間も、肉親であるラグナやエルオーネも皆、彼を置いていなくなるのだ。
そして暗闇の中でうずくまり、嗚咽する。置いていかないでくれ、一人にしないでくれと。
そして、意識が浮上する。
「はぁっ…はぁっ……」
(また…夢か………)
スコールにとってこのような夢は、もう何度見たか分からなかった。彼の潜在意識のなかに、常に纏わり付いて離れないのが“大切な人を失う恐怖”であったからだ。
鉛のように重い上半身を起こして、隣で眠る彼女の顔を見る。
その安らかな寝顔を見ることも今は辛かった。
毎晩愛を確かめ合う行為をしても、このような夢を見ることはなくならなかった。それ程に根深い、トラウマに近いもの。
困ったことにそれはどんどん酷くなってきているように思えた。スコール自身、眠るまでは普段通りに過ごせるのだったが近頃では眠ることが怖いとすら思い始めていた。
眠りが浅くなり、一人で眠るのも億劫で、夜にリノアの存在が欠かせなくなっていた。
これではまるで幼い子供のようだし、毎晩求める理由を正直に伝えればどれほど落胆させるだろうと思った。
情けなかった。周りからいくらもて囃されようと期待されようと中身は成長しきれていない幼い子供のまま。スコールはシーツを握り締めて丸くなった。
(リノア……)
こんな時には彼女の明るい声が聴きたい。明るく笑って、心の雨を晴らして欲しい。そんな風に思うが彼女は眠ったままだ。
互いに裸のままだが、スコールは横になるとリノアの隣にぴったりと密着して、彼女の胸に顔を埋めた。
普通はこうはしないのだろうとスコールは思う。自分はとんだ甘ちゃんなのだろうか、幼くして両親の温もりから離されてしまった反動が、今ここにきて爆発しているとでも…。
スコールは考えながらもリノアの柔らかな胸に頬擦りをする。そして、その柔らかな膨らみの頂きに
唇をあてがって……それを咥える。
ちゅ、と音が鳴るが、吸い付いたまま離さなかった。
ちゅ、ちゅう、と赤子が吸い付くようにそうする。すると、不思議と落ち着くのだった。
「ん……。スコール……また…?」
「………」
「怖い夢、みた?」
スコールは応えるかわりに胸を解放し、次には首筋に吸い付く。
ともかく、彼女に触れ合っていたい溶け込みたい一心でそうしていた。
リノアにも彼の想いが薄々と伝わっていた。だからこそ、こんな時には優しい口調であやすのだ。
母親が子にそうするように。
「いい子いい子。スコールはいい子だね。よしよし……」
スコールは首筋を愛撫しながらも、少しくすりと笑ってしまう。本当に自分が小さな子供になってしまったようで。そうするとリノアが反応する。スコールが笑えば吐息で分かるのだ。
「なんだ、いつもの発作じゃないのね」
「発作ってなんだよ……」
「……だいじょうぶ?」
「……大丈夫じゃないんだ。だから」
「甘えんぼさん。また怖い夢見たんでしょ?」
「…………」
正直なところ、スコールはリノアには敵わないと思っていた。それは常日頃からだったが、どうして彼女にはこうも甘えてしまうのか。ただしそれはベッドの上だけと限定されるが、この時間は素直な気持ちを吐露することができた。
リノアの手がスコールの柔らかな髪を撫ですく。そして額の傷に口付けを。
「リノア」
「なに?」
「昨日、飽きたって言っただろ」
彼女の手が止まる。
「飽きた?」
「このシャンプーの香りが飽きたって言っただろ」
リノアは思い出す。確かにお気に入りであったシャンプーの香りが、近頃飽きてきたと口にした。
「うん……言った」
「……リノアは、すぐに飽きるのか。なんでも」
スコールはとても渋るように、言いにくそうに小声で呟く。リノアは途端にスコールが愛しくなり、ぎゅうっと彼の頭を掻き抱いた。
「っ…」
息苦しさに固く瞼を閉じるスコール。
「それで怖い夢見たの…?ごめんね、スコール。飽きたりしないよ」
繊細な彼。けれど意地も張りたい。彼女の胸に埋もれたスコールの表情は、怒ったような険しいものだ。
「……べつに……」
「スコール」
リノアがシーツの中に潜る。そしてスコールの拗ねた顔を両手で挟んで、にっこりと笑い、鼻先にキスを落として
それをきっかけに、二人はいつもの甘いキスを交わす。優しく触れ合うその行為は、まだ大人のそれとは少し違う。そうなるのはもっと先だった。
それはスコールに委ねてあった。
けれど今夜の彼は……
そのままそっと瞼を閉じた。
互いに眠りにつくまで抱きしめ合ったり、やはり胸に口付けたりとなかなか寝付けずにはいたのだったが。
気付けば眠りについていた。
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おしまい
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