ねがいごと
なまえは僕らの妹みたいなものだった。
僕らが小さい頃ご近所に住んでいて、僕達のことをお兄ちゃんお兄ちゃんって呼びながらくっついて遊んでいた。
途中僕は、兄妹みたいな枠が嫌でその関係をリタイアしたけれど、ノボリだけはすすんでその関係で自分を雁字搦めにしようとした。
皮肉なことに結局僕は兄妹で落ち着き、その一方でノボリは兄妹でないものを兄妹に見せかけようと未だ必死でもがいている。そうして、今まさに溺れ死のうとしていた。力を抜けば、浮き上がれるかもしれないのに、だ。
「ぶくぶくぶく。」
唇を尖らせて呟いてみた。隣に座るノボリが怪訝そうな顔で僕を一瞥する。だからノボリの神経を逆撫でするような笑顔を態と浮かべて言ってやった。
「トサキントの、まね。」
「ぶっ飛ばしますよ。」
さっきまで僕に煩く絡まれていたことと、これからやってくるであろうなまえによってノボリは相当不機嫌だ。職場だと言うのに、瞳の奥でぎらりと苛立ちが燃えていた。やばい、これほんとに頭にきてるっぽい。
「あーあ…どうせ睨むなら、なまえの彼氏にしてよ。」
「………。」
ガタンガタン、車両が揺れる。苛立ちに揺れるノボリの瞳は静かに閉じられた。大人になる過程で僕が得たものを要領の良さだとするなら、ノボリは振り、だった。聞こえない、見えない、分からない、知らない、振り。そういう振りをする時、必ずと言っていい程目を閉じることを本人は知らないんだろう。おかげでこうして僕につつかれる訳だ。
「まあいいや。ノボリが睨まなくても僕が睨んじゃいそうだもん。」
「………。」
「僕の妹についた悪い虫め〜!って!」
「……ここまで辿り着くか、わからないでしょう。」
ぽつり、ノボリが言葉を零した。そうなって欲しいって願いを込めているんだろう。なまえと男のツーショットなんて見たくない、そういうことなんだと思う。だけどそれは多分叶わない。小さい時から僕らと遊んでいるんだ、なまえのバトルの腕はかなりいい。それこそ、ノーマルのマルチなら一人で20連勝するだろうなってくらい。現に今まで21両目に来られなかったことはない。
「来るに決まってる。」
「………。」
だから、ピシャリ。僕は言い切った。言い終わると同時、無線でなまえたちがこの列車の五両目――19戦目に到達したと報告が入る。それに了解、とだけ返した後、僕は会話を続けた。
「ちゃんとマルチ、になってるかはわからないけど。」
マルチトレインはポケモンだけでなく、トレーナー二人の相性も重要だ。人間性じゃない、あくまで実力や戦略の上で。一般トレーナーの中では抜きん出た実力のなまえ。パートナーが三流以下ならタッグバトルになんてならない、むしろ邪魔になる。それは高レベルのバトルになればなるほど顕著だ。そして今までのパートナー達は揃いも揃って三流四流――つまり、なまえは未だ僕ら、サブウェイマスターにマルチトレインで勝利したことはない。
それがどんなにノボリを落ち着かせて、そして焦らせているか。
「まあそしたらきっとまた別れちゃうね。」
今までの彼氏達は僕らに敗北し、一週間以内にはなまえと別れてきた。原因は聞いたことがないけれど、確実にこのマルチトレインにあるだろう。だってあんなにバラバラなバトルをすれば当然だから。…しかしそれは逆に、
「でももし、…もしだよ?僕達が負けちゃったら、どうなるのかなあ…。」
僕らが負ける――つまりそれは、なまえとパートナーの相性がいいと言う事。そうしたらどうなるんだろう。僕が思う通り、なまえがノボリに好意があるとしても、揺らがないのだろうか。そしてノボリはどうなるんだろう。「ありえません。」
「え。」
「ありえません。」
ピシャリ。今度はノボリが言い切った。
「…ここ、ノーマルだからね?」
「…当たり前です。」
相変わらず瞳を閉じたまま、ノボリが吐き捨てるように言葉を放つ。眉間に何本線入れてるんだ。
「ノーマルでさえ、勝たせるつもりはありません。」
組んだ腕にぎりぎりと指が食い込んでいる。ノボリは掠れた声で、縋るように呟いた。
「だから、…どうせ、別れます。」
ねがいごと
(瞳は閉じたまま。)
120903
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