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安堵



「マツバさんが小さい頃って、何だか想像できませんね!」

「そうかな…。」


彼女――名前ちゃんはそう言って笑った。視線の先には鬼ごっこをする子供たち。ここ、自然公園ではありきたりな光景だった。増してや今日は休日なので、そういった子供のグループがちらほら。それから家族連れ、カップルなんかもいる。そして隅の方でそれを羨ましそうに、もしくは眩しそうに見る者もいた。少し前までは僕もそういう類だったが、今は彼女と歩いているので見られる側だろう。カップルという囲いに入れられると何だか気恥かしい。


「普通に"普通の"子供だったけどね。」

「ええ、本当ですか?」


ぎくり。彼女の言葉に少しだけ心臓が跳ねた。


「"普通"じゃなかったんじゃないですか?」


何気ない、何気ない会話だ。公園を散歩して、子供を見付けて、思うままに言葉を零した、それだけ。名前ちゃんは何も知らない。知るはずがない。それなのに、どっと冷や汗が出る。しかし幸いにも彼女は楽しそうな子供たちを見続けていた。だから僕の様子には気付かない。何気ない、何気ない応答でかわせばいい。「全然本当に普通だったよ。」喉がひりひりと痛い。羨ましそうに、眩しそうに周りを見ていた"彼ら"の視線が、一斉に僕に集まっている。楽しげな空間でただ一人、不安に駆られている僕に。


「そうなんですか?」

「うん、そう。」


少しだけ彼女の声に疑念が含まれていたのを、僕は聞き逃さなかった。恐ろしくなって、思わず抑揚のない声が漏れる。それにまた、恐ろしくなる。気付かれなかっただろうか。


『お前、』『おれ、お前が、』『鬼』『怖い!』『お前、気』『お前が、見』『移る』『あっち行』『』『』『』『』『』『』『お前、気持』『』『』『』『』『』『』『』『』『』

『お前、気持ち悪い!!』


幼いあの頃の、あの声達がフラッシュバックする。鬼事に寂しそうな少女を入れてあげたとき、街を歩いたとき、"彼"に鉢合わせたとき、浴びせられた言葉達。だって、あの子が、羨ましそうにしていたんだ。眩しそうにしていたんだ。

じわじわと、侵食する様に目の前が白む。


「嘘です!!」


がつん。大きすぎる衝撃が脳に響いた。嘘。そう言われた。名前ちゃんに、嘘、そう言われた。どくどくと暴れる心臓を押さえながら、名前ちゃんを見、る。


「絶対嘘です!」


そこには何故か拗ねた様に唇を尖らした名前ちゃん。あれ、おかしいな、冷たい目なんかしていないし、ちゃんと僕を視界に入れている。


「どうせちっちゃい時からモテてたんでしょう!」


「…!……っ、」


思わず、噴き出しそうになった。取り越し苦労もいいところだ。だってやっぱり名前ちゃんは、何も知らない。


「な、なんですかもー!」

「ふふ、は、だって、ふふ、」

「も、もう!笑わないでくださいっ!」


赤くなった名前ちゃんが、どうしようもなく、可愛い。わたわたと振られる両手の内の一方を取って、指を絡めた。名前ちゃんが、さらに赤くなる。


「…っ、ご、誤魔化しましたね…!」

「何の事?ほら、早く行かないとお昼どこも混んじゃうよ?」

「あ、そうでした!…ってやっぱり誤魔化してるじゃないですかー!」

「ははは」



僕の安堵
(もう誰も、)
(僕を見ていない。)





(……。)
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あきゅろす。
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