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知ってる子



「ねえねえ。」


弾かれるように、その少しがらがらした声のした方を見上げ、玄関から元の位置まで戻る。四角い窓からは猫のぬいぐるみがこちらを覗いていた。


「ねえねえ、それは僕のなんだ。だからこっちに投げておくれ!」


声は僕と同じか、それより幼い女の子のものだった。思わず首を傾げる。僕がそんな風に構ったことがないからだろう、ゴースは大きな声で笑い、いたく喜んでいた。ぬいぐるみが僕をを急かすように揺れる。


「…君は、僕の事を知らないの?」


町の子供は、僕を酷く怖がっていた。大人もそうだ。見えてはいけないものが見える僕を気味悪がり、関わり合わないようにしたがっている。だからこんな風に僕に話しかけてくるなんて、きっと僕を知らないに違いない。そういえばここはエンジュシティの中でも端に位置しているのだ。

しかし彼女は間を空けずに、予想に反した答えを零した。


「知ってるよ!」


僕は目を剥いて、息を詰める。僕が、鬼の子だと知っている?だったら無視すればいいじゃないか。そうしたら僕はポストにこれをいれて去ったというのに。

ゆっくり息を吐き、振りかぶった。医療器具は緩い弧を描いて彼女の部屋に飛び込む。


「ありがとう!助かったよ!」

「…、うん。」


屈託のない少女の声が降ってきた。どきり。心臓が跳ねる。思わず口角をあげた。僕から彼女は見えていないだけど、交わっているかもしれない視線が恥ずかしい。少しだけ人間に近付けているんじゃないか?周りに認められたんじゃないか?そう勘違いしそうになる自分を宥めることにいっぱいで、言葉が出ない。沈黙を破ったのは勿論彼女。


「…僕はこれからお薬を飲まなければいけないから、また今度僕とお話してね!」

「…、……。」


そして会話は終わり。

僕は無理矢理もう一度笑んで、小さく手を振る。彼女もぬいぐるみの右手を揺らした。そして何時も通り、地面を見て歩き出す。


「勘違い、だったね。」


きっと彼女は、僕とあれ以上会話したくなかったのだ。小さく呟いたそれに、ゴースがすり寄ってきた。





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