「ようこそ、エンジュジムへ。」
暗がりの中、相手の顔は見えない。ただ、薄ら照らされるロングスカートに、挑戦者が女性であることは確かなようだ。
「………。」
「?」
一向に挑戦者はこちらにやってこない。どうしたんだろう。だんだん焦れてきて、どうかしましたか?と言おうか言うまいか迷い始めた時、怖ず怖ずと彼女がこちらに進んできた。
「マツバ、くん。」
ようやく聞こえた細い、声。それは聞き覚えのある声だった。夢に見た、あの声。
「………っ、……」
途端、条件反射の様に涙腺が緩みそうになる。僕は、もしかして夢でも見ているんじゃないだろうか。
「………。」
「………。」
ゆっくりと目の前までやってきた彼女を、まじまじ確かめる。泥の臭いはしない。少しだけ漂うのはシャンプーとか、そういった類の匂いだけ。
「……名前、だよ、ね?」
僕の問いに彼女――名前が頷く。零れそうな涙が一緒に揺れていた。
「私、病院に、ずっと、…いたんだ。」
「うん。」
「それで、その、ジム戦に、来たわけじゃなくて、」
「うん。」
「どこに行ったら、会えるか、分からなくて、」
「うん。」
「……、……そっ、れで、ここに、………っ」
「うん。」
ぶつ切りの言葉が止まる。僕は零れる名前の涙を拭いながら、彼女の左手を取った。
「?」
「これ、今度こそ、もらってくれるよね?」
巻きつけた時計は、現在の時刻を正確に指している。それを見て名前がまたぼろぼろと涙を零すから、拭うのじゃ追い付かなくて、小さい身体を思い切り抱き寄せた。しゃくりあげる背中を撫でながら、僕も少しだけ涙が零れる。暫くの間そうして、少し落ち着くと腕の中の名前が呟いた。「ほんとは、ね、」僕は少しだけ腕を緩める。
「ほんとは、電話も、考えたんだよ。」
彼女が笑った。それから、少しだけ得意気に唇を揺らす。
「ooo- oooo- oooo。…あってる?」
「うん、あってるよ。…でも、」
「?」
「電話じゃなくてよかった。」
だって電話じゃ、足があるか見えないからね。そう言って笑うと、彼女はロングスカートを少し持ち上げて、泣き笑いのままショートブーツを見せつけた。
ふ わ り
(舞い戻る)
(確かに君は生きている。)
110417
ありがちですいません。
本当すいません。
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