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小さなカバンに、最低限の荷物を詰める。これを持って、明日は船に乗るのだ。アサギシティで降りて、エンジュシティまで。久しぶり過ぎる土地に思いを馳せていると、ふと気付いた。きずぐすりやげんきのかけらの残りが少ない。

船ではバトルを挑まれるだろう。手持ちが一匹なのできっと回復アイテムはかなり消費するはずだ。

だから私は財布を持って、彼女の名を呼んだ。


「ヨマワル、買い物に行こう。」


ヨマワルの小さな手をとって、部屋を出る。

さくさく、さくさく。芝生を踏みながら開通したばかりのカナシダトンネルへ。カナダシティで雑貨も見てみよう。

月明かりの下を気分よく歩く。が、ふと陰る。

あれ、何だか雲がたくさんあるじゃないか。月が隠れる。雨でも降るんじゃないかと思う程の分厚い雲。さっきの月は気まぐれだったらしい。おかげで傘を持ってきていない。


「もったいないけど、降ったら買えばいいよね。」


しかしそんなお気楽な考え通りにはいかず、フレンドリーショップが見える頃ついに雨は降り始めた。慌ててお店に飛び込む。

直ぐにでも買い物は終えられそうだったが、止むかもしれないと考えて雑誌に手を伸ばす。リーグ特集があるじゃないか。

けれど時計を見てある事を思い出した。ドラマを録画していない。明日立つつもりだったから、リアルタイムで見ようと思っていたのだ。失敗した。が、今ならまだ歩いても裕に間に合うはずだ。雑誌を置き、傘を掴んで会計に向かう。










「う、わあ。」


ざあざあ。天気は大荒れ、まさにピークだ。しばらく待てばマシになりそうだが、生憎待つ暇はない。傘を開いて雨の下に入る。ヨマワルのボールが揺れたが、雨は嫌だろうと出すのは止めた。

ぴちゃ、ぴちゃ。

濡れたコンクリートの上を歩く。酷い雨音が聴覚を奪う。酷い雨粒が視界を占める。雨の中を歩くのは憂鬱だ。見えないし、聞こえない。おまけに靴がどろどろになる。ああ憂鬱。

そう心の中で悪態をついていた時だった、甲高い音が耳を突いたのは。

甲高い音、悲鳴、二つの大きな目玉。声を零す暇もなく私の視界が回転した。そして、泥に身体が沈む。雨粒が降り注ぐ。

そんな、どうして、なんで。

どうしよう。見えない。聞こえな、…、














「ヨマワル。」


さっきまであったはずの、見えていたはずの家具やカーテンはもうなかった。やっぱり、ここには何も無かったのだ。私の胸にヨマワルが飛び込む。この子は、本当にいい子だ。


「ねえ、私を、連れ戻しに来たんでしょ?」


ヨマワルが身じろぐ。それが肯定の意味をさしている事くらい、十分分かった。寄り道はこれでお終い。


「連れていって、ヨマワル。」


ヨマワルは私を見て、それからゆっくりと私の腕から這い出る。私の頭上を大きく二度旋回してから、私に小さな手を差し出した。思い残すこと?ある。そんなものいくらだって。だけどもう、考えるだけ無駄だ。

私はヨマワルに手をのばす。


「待って。」


聞こえないはずの、声が響いた。





110417




あきゅろす。
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