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『私と話して、少しでも楽しかった?』


その言葉に、僕は頷いたと思う。事実楽しかったのだから当然だ。だけど、酷く不安になった。その言葉があの言葉と一緒に頭を駆けずり回るから。


『マツバくんは、僕と話して少しでも元気になれた?』


そう言って消えたあの子と、彼女が被った。あの子と彼女は、違うというのに。彼女は帰るとちゃんと言った。だから今日明日に急に消えるなんてきっとない。大丈夫。明日もきっと彼女に会えて、また話して、そうして明後日も明々後日も過ごすのだ。不安になる要素がどこにある。時間があればまだ機会もあるんだ。初恋は実らないなんて、誰が、…いや、初恋はあの子だから、実らなくてよくて、じゃあ、彼女は、そうじゃない、そうじゃない、知らない知らない知らない「マツバさん。」


「!!」

「どうしたんですか、ぼうっとして。」

「いえ、…。」


いつの間にか階段を登り終えていて、目の前には見慣れたイタコさん。彼女は少し顔を顰めた。理由を聞くつもりなどないのに、言葉が零れる。


「なに?」

「…ご自分で気付いてらっしゃるでしょう?」


彼女の言葉は不可解だった。何が、おかしいと言うんだろう。


「私は忠告いたしましたよね?」

「……。」


『xx、xxxxxxxxxxx。』

ああ、あれのことだ。確か上手く聞き取れなくて…。


「あなたともあろう人が、」
『xに、xxxかれxxxxxに。』

「どうしてここまで」
『xに、xをxかれませんように。』

「放置したんでしょうね。」


聞きたくない。なのに、耳を塞ぐ事はできなかった。止めて欲しい、でも、今ここで聞かなければいけない。そう直感するんだ。


「泥臭いのは、気付いているんでしょう?」
『鬼に、手を引かれませんように。』


確かめてみる。…言う通り、僕は泥臭かった。だけど、本当は知っていたんだ。全部、何もかも。

あの時計が動かない理由も、彼女の家でお茶を貰っても喉が渇くのも、ポケギアがかけても繋がらないだろうことも、泥臭いことも、彼女があの子だということも。全部、何もかも、全て。

初めからではないけれど、僕は全て知っていたのだ。

知っておきながら無視をした。あの子と彼女が同一人物だと初めこそ騒いだけれど、事実を前に捻じ曲げた。あの子はあの子、彼女は彼女、あの子と彼女は違うんだ。挙句、彼女への好意を、あの子への未練とすり替えようともした。そうするうちにこんがらかって、ぐちゃぐちゃになってしまっていたのだ。


『私と話して、少しでも楽しかった?』


彼女はきっとあの時と同じに、今日消えてしまうつもりだ。それも、知っている。

知っていながら、知らない振りをして今までの全てに蓋をしようとしていた。そんなこと、出来るはずもないのに。彼女をなかったことにするなんて、僕には出来ないのに。


「すいません。」

「?なんでしょう?」

「日を改めてもいいですか?」

「……いいですよ。」

「ありがとうございます。」



僕は階段を一段飛ばしで駆け下りる。彼女に、会わなくちゃ。勝手に消えるなんて絶対にもう許さない。初恋は実らない?別に実らなくたっていい、後悔だけはするものか。砂利に足をとられる。それでも、走る。彼女の家はもうすぐだ。伝えなければ、確かめなければ。走りながら呼び掛ける。「ゲンガー、」


「あれを開けて。」


そう言って扉を指すと、腰のボールからゲンガーが飛び出してすうっと扉に溶けていった。玄関に辿り着くと、扉がぽっかり口を開ける。

乱れる呼吸を整えながら、以前そうした様にゆっくりと靴を脱いだ。薄暗い廊下に足を着くと、足跡がつく。埃っぽい臭い、家具も何もない。そしてもはや嗅ぎ慣れた泥の臭いが充満している。予想通り、人の住んでる気配なんてなかった。

彼女の部屋は覚えている。階段上がって直ぐ左手。奥から二つ目の部屋だ。僕はポケットに入った時計を撫でる。知らないことを、聞くんだ。あの時計が動かない理由でも、彼女の家でお茶を貰っても喉が渇くことでも、ポケギアがかけても繋がらないだろうことでも、泥臭いことでも、彼女があの子だということでもなく、彼女が何を思ってエンジュに戻ってきたのか。その理由を確かめるんだ。

僕は大きく深呼吸をして、扉に手をかけた。





110417
だーっとハイスピードで…




あきゅろす。
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