愚者
「もう落ち葉もなくなっちゃったね。」
「そうだね、もう冬だからね。」
昨日の事は不自然過ぎただろうけれど、マツバくんはそれについて何を言うでもなく、今日も私の隣に座っている。
「僕もやっと落ち着けるよ。」
「え?」
「ジム。」
「?」
よくわからず首を傾げると、マツバくんがおかしそうに笑った。
「ほら、エンジュって紅葉がすごく綺麗でしょ?だから秋は観光客が増えるんだけど、ついでにジム戦して行こうってトレーナーも多いんだ。」
「ふふ、うそだあ。」
「え?」
私が笑うと、今度はマツバくんが首を傾げる。
「だって昨日も今日もここにいるじゃない。」
「…いいんだよ、挑戦者が来たら電話くるから。」
「マツバくんって意外とずるいとこもあるんだね。」
今度は二人して笑う。町から離れたこの家は静かで、時の流れも緩やかだ。だから、変な気持ちに駆られてしまいそうになる。
(ずっと、このままでいられたらいいのに。)
そう思ってから、痛い程に苦しくなる。マツバくんを見ると彼はヨマワルを膝に乗せて撫でていた。痛い、痛い。
マツバくんはもう、私だけのマツバくんじゃない。
友達もいる、居場所もある、信頼もある、立場もある。もう、足りないものなんてないんじゃないだろうか。だっておおよそ人が欲しがる最低限のものは既に持っているように見える。きっと私が励ます必要なんてない、ただのお節介になるだけだ。
私は、不必要だ。マツバくんと言う人間にとって必要とされる要素なんて何も無い。こうして会話している事さえ不自然な程に。
私は何のためにきたんだろう。何のためにここにいるんだろう。もう、わからない。いや、初めからわかってなんかいなかった。ただの自己満足だったんだ。今更それを思い知るなんて、馬鹿過ぎる。
「マツバくん、」
そしてそうと知りながら追い縋ろうとするのはもっと、馬鹿だ。
「マツバくんは、今、幸せ?」
マツバくんは一度目を丸くして、ヨマワルを撫でていた手を止める。ああ、言ってしまった。こんなこと聞いて、私、どうするんだろう。
自分で聞いておきながら怖くなってマツバくんから目を逸らす。直ぐに、マツバくんが小さく笑った音を聞いた。
「どうだろう、わからないな。」
「え?」
予想に反する答えに、思わず視線をマツバくんに戻す。
「いや、別に不幸だって事じゃないんだ。だけど何だろう、特に幸せって程でもない、かな。」
「………。」
しっかり交じった視線が、恥ずかしい。もう一度視線を逸らそうと、した。「名前。」
「!」
けれど、逸らせなかった。マツバくんがあまりにも真剣にこちらを見ていたから。射る様な視線に、頬が熱くなるような気がする。
「あのね、」
〜♪〜〜♪
鳴り響く着信に二人してとび跳ねた。
「!、わ、ジムからだ…。」
「挑戦者じゃない?」
「多分…。ごめん、戻るね。お茶ありがとう!」
マツバくんは慌ただしくマフラーを巻きつけ、一度手を振るとポケギアの通話ボタンを押しながら去っていく。吃驚、した。
「ヨマワル、」
マツバさんの膝に乗っていた彼女もきっと驚いたのだろう、彼の去っていく姿をぼんやりと見ていた様だ。私が呼んではっとしたように私の膝に乗ってきた。
少しずつ気持ちが落ち着くに連れ、今度は泣きたくなってくる。私は、なんであんな質問をしてしまったんだろう。そして、どうしてあんな感情を抱いてしまったんだろう。
「私、最低だよね。」
マツバくんが二つ返事で頷かなかったことに、どうしようもなく安堵して、どうしようもなく嬉しかったなんて。
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