信仰者
"どうして?"真っ先に浮かんだのは疑問。だってそれしか考えられなかった。どうしてどうして、どうしてだろう。僕は嫌われてしまったのだろうか。
目の前にはあの子のいないあの子の家。いや、いないのはあの子だけではない。誰もいないのだ。もうあの家に、生活する人間は誰もいない。
視界が揺れる。ゴースが心配そうにおろおろと僕の周りを行ったり来たりする。けれど揺れる視界はぼやけていく一方だ。
「どうしてだろうね、また、僕は一人だ。」
ぼたぼた、ぼたぼた。あの子と出会ってからすっかり忘れていた涙が次々と地面に染みを作る。拭っても拭っても、ぼたぼたぼたぼたと。
『マツバくんは、僕と話して少しでも元気になれた?』
元気になんかなれる訳ない。君がいないと元気でなんていられないのに、どうして消えてしまったんだ。あの子は、僕を裏切った。あの言葉は別れの言葉だったんだ。酷過ぎる、酷過ぎだ。だったら頷かなければよかった。そうしたら、あの子は僕の事を、僕に傷付けられた事を覚え続けてくれたかもしれない。何だ自分だけすっきりして消えるなんて、最低だ、酷い酷い酷い。僕にはあの子を恨む権利さえあるんじゃないだろうか。だってこんなの、あんまりだ。友達だと思ってたのは僕だけだったのだろうか。そんなの、あんまりだ。
だけど、
「………っ、……、」
だけど本当はわかっているんだ。僕にはあの子を恨むなんて、出来ない。
だってあの子は、ただ一人、僕に優しくしてくれた。ただ一人、僕を友達だと言った。ただ一人、僕を励ましてくれた。
そんなあの子を、恨めるはずがない。それに、ちゃんと理解もしている。あの子だって、ここを離れたくて離れた訳じゃないんだ。きっと家庭の都合があったに違いない。だからあの子は何も悪くなんてないんだ。黙って行ってしまったことも、意地悪なんかじゃないんだ。
「ゴース、」
これを開けて。そう言って扉を指すと、ゴースがすうっと扉に溶けた。それから直ぐに錠の外れる音がして、ぽっかりと扉が口を開ける。僕はゆっくり靴を脱いで上がり込んだ。あの子の部屋の位置だけは、大まかに分かる。薄暗い階段を上がって、目星をつけた扉を開いた。小さな部屋の、カーテンも何もなくなった窓から外を覗く。いつも僕の立つ場所が見える。ここだ。ここが、あの子の部屋。僕は部屋の中心で、静かに目を閉じてみる。
「………。」
けれど、何も見えなかった。千里眼、僕自身未だよくわからない、制御できないそれはやっぱり制御出来なかった。要らない時は見えるくせに、こんな時に使えないなんて無意味過ぎる。浮かぶのはあの子のミケだけ。僕は結局彼女の名前も、姿も知らない。手掛かりなんて何もないんだ、結果は当然だった。果たして手掛かりがあった所で見えたかは怪しいが。
「…見えない、何も、見えない。」
それとも、もうあの子はこの目の届かない場所まで行ってしまったのだろうか。ぼろぼろ涙が溢れる。開いても閉じても何も見えない。悲しい、寂しい。けれど、もうそんな事どうでもいい。だって、
「だけど、…もういいんだ。」
あの子は、必ずこの町に戻ってくる。そんな気がしたから。苦し紛れの妄想だって構わない。そうでも思わなきゃ、信じなきゃ僕はもう何もできない。
「今度は、僕がやれるようにしよう。」
ゴースが不思議そうに首を傾げた。僕は涙をぐいぐいと拭いながら、決する。そう、僕にとってのたった一人のあの子、あの子のためのたった一人になるんだ。他の誰でもない、僕が。
「僕が、あの子を元気にしてあげるんだ。」
見えないなら見えるように修行しよう。鬼の子だと言うなら人の子になろう。頼りないと思われるならしっかりしよう。次に会うときに、あの子に恥じないように。
あの子は絶対に帰ってくるはずだから。絶対、絶対に。
110413
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あっさりしそうで今から怖い
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